バーチャルプロダクションの可能性と長年の課題「実写とCGのズレ」
近年、映画、テレビCM、ライブ配信など、様々な映像制作の現場で「バーチャルプロダクション」という技術が注目を集めています。これは、LEDウォールなどの大型ディスプレイに高精細なCG背景をリアルタイムで表示し、その前で俳優が演技することで、あたかもCG空間の中にいるかのような映像を作り出す手法です。実際のセットを組む手間やコストを削減できるだけでなく、天候や時間帯に左右されない自由な表現が可能になるため、映像制作の新たなスタンダードとなりつつあります。
しかし、このバーチャルプロダクションには、長年の課題がありました。それは、「実写で撮影された被写体と、CGで描かれた背景との間に生じるわずかなズレ」です。このズレは、カメラのレンズの特性、カメラの位置、そしてCG空間の原点設定などが複雑に絡み合って発生します。たとえわずかなズレであっても、視聴者には違和感として伝わり、映像全体のクオリティを損ねてしまう原因となっていました。この「実写とCGのズレ」をいかに正確に、そして効率的に解消するかが、バーチャルプロダクションの品質向上における大きな鍵だったのです。
「実写とCGのズレ」を解消する新技術「CalibFX®」とは
株式会社スパイスがフランス・Miraxyz SAS社と提携し、このバーチャルプロダクション分野の長年の課題を解決するために開発されたのが、新製品のキャリブレーションソフトウェア「CalibFX®(キャリブエフエックス)」です。CalibFX®は、バーチャルプロダクション向けの「All-In-One(オールインワン)」キャリブレーションソフトウェアとして設計されており、レンズキャリブレーション機能とカメラオフセット機能という二つの主要な機能を搭載しています。
「キャリブレーション」とは、簡単に言えば「調整」や「校正」を意味します。CalibFX®は、このキャリブレーションを通じて、実写映像とCG背景の間のズレを解消し、両者を完全に一致させることが可能になります。これにより、より自然で没入感のあるバーチャルプロダクション映像の制作が実現します。2025年12月に正式リリースが予定されており、様々なカメラ、レンズ、3Dエンジン、そしてカメラトラッキングシステムに対応しているため、多くのバーチャルスタジオで活用できる汎用性の高い製品となっています。

CalibFX®の核となる機能:レンズキャリブレーションステップを徹底解説
バーチャルプロダクションにおいて、カメラのレンズは映像の「目」とも言える重要な要素です。実際のレンズが持つ独自の特性(例えば、広角レンズ特有の歪みや、ズームレンズの画角の変化など)をCG空間の仮想カメラに正確に反映させなければ、実写とCGは決して一致しません。このレンズの「個性」をデジタルデータとして記録し、CGの世界に投影する作業が「レンズキャリブレーション」です。
ARタグボードとレンズプロファイルの取得
CalibFX®のレンズキャリブレーションステップでは、まず専用の「ARタグボード」を使用します。このボードをカメラで撮影することで、バーチャル撮影で必須となる「レンズプロファイル」を取得します。レンズプロファイルとは、特定のレンズが持つ画角、歪み、焦点距離といった光学特性を数値化したデータのことです。

具体的な手順としては、カメラトラッキングシステム(レンズエンコーダー)から「FreeD」と呼ばれるデータ(カメラのパン、チルト、ズーム、フォーカスなどの情報)を取得し、レンズのズーム値とフォーカス値を読み取ります。そして、各ズーム・フォーカス位置でARタグボードを映し、計測点を増やしていきます。計測点以外の領域については、線形補間という手法でデータを補完し、レンズ全体の特性を詳細に把握します。このプロセスにより、仮想カメラに実際の撮影レンズの特性が正確に投影され、CGと実写の違和感が劇的に減少します。
様々なレンズと3Dエンジンへの対応
CalibFX®のレンズキャリブレーションは、放送用レンズ、シネマレンズ、ズームレンズ、単焦点レンズといった、あらゆる種類のレンズに対応しています。FreeDデータでズーム・フォーカス位置を読み取れるレンズであれば、どのようなレンズでもキャリブレーションが可能です。
計測できる項目は以下の通り、多岐にわたります。
-
Field of View(水平画角):カメラが捉える水平方向の範囲
-
K1、K2(歪み係数):レンズ特有の歪みの度合い
-
Nodal Offset(入射瞳位置オフセット):レンズの光学中心の位置ズレ
-
Focus Distance(焦点距離):ピントが合う距離
-
Aperture(絞り値):レンズから入る光の量
-
Censor Size(センサーサイズ):カメラの撮像素子の大きさ
-
Center Shift(光軸位置):レンズの光軸のズレ
これらの詳細なデータを取得することで、CGの世界に現実のレンズの挙動を忠実に再現します。
また、CalibFX®は、業界で広く使われている主要な3Dエンジンにも対応しています。これにより、既存のバーチャルプロダクション環境にスムーズに導入することが可能です。
-
Unreal Engine
-
Aximmetry
-
Pixotope
-
ZeroDensity
-
Vizrt
-
Brainstorm
実写とCGを完璧に融合させる:カメラオフセットステップの重要性
レンズの特性をCGに反映させるだけでは、まだ不十分です。次に必要なのは、現実のスタジオ空間とCG空間の「位置合わせ」です。これを実現するのが、CalibFX®の「カメラオフセットステップ」です。これは、カメラが実際にどこにあり、どの方向を向いているのかをCG空間に正確に伝えるための重要なプロセスです。
ARタグキューブとオフセット値の算出
カメラオフセットステップでは、原点設定用の「ARタグキューブ」という特殊な立方体をスタジオの床に配置します。このキューブを実写カメラを通して撮影することで、システムは現実空間におけるカメラの正確な位置を把握します。

このプロセスにより、「Referential Offset(スタジオ原点とトラッキングシステム原点間のオフセット値)」と「Tracker Offset(トラッカーとカメラ間のオフセット値)」という二つの重要なオフセット値が算出されます。「オフセット」とは、基準点からのズレを数値化したものです。これらのオフセット値をネットワーク経由で3Dエンジンに送信することで、実写とCGの空間的な位置合わせが完了し、被写体がCG背景の中に自然に溶け込むような映像が実現します。
カメラオフセットステップでは、トラッキングデータとしてFreeDを受信し、レンズデータとしてはCalibFX®でレンズキャリブレーション済みのレンズプロファイルを使用します。これにより、レンズの特性とカメラの位置情報の両方を考慮した、極めて高精度な位置合わせが可能になります。
次世代トラッキングプロトコル「OpenTrackIO」への対応
さらに、CalibFX®のカメラオフセット機能は、サードパーティが作成したレンズ校正データを含む「OpenTrackIO(オープントラックアイオー)」の受信にも対応しています。OpenTrackIOは、SMPTE RiS-OSVPグループによって設計されたオープンソースのトラッキングプロトコルで、カメラの位置・回転データとレンズ校正データが含まれています。これは、従来のFreeDプロトコルの後継となる次世代のトラッキングプロトコルとして期待されており、CalibFX®が最先端の技術動向に対応していることを示しています。
Sony FR7との連携で実現する、驚きの高速キャリブレーション
バーチャルプロダクションの現場で、特に注目されているのがPTZカメラ(パン・チルト・ズームが可能な遠隔操作カメラ)であるSony FR7です。CalibFX®は、このSony FR7との連携において、さらなる効率化と簡便化を実現する開発を進めています。
Sony FR7は、2026年2月のファームウェアアップデートでOpenTrackIOへの対応を予定しています。これに合わせ、CalibFX®はカメラオフセット値をネットワーク経由でFR7本体に直接送れるように開発を進めており、2026年第1四半期(Q1)に実装される予定です。この連携が実現すると、CalibFX®で算出したカメラオフセット値をワンボタンでFR7本体の設定項目に入力できるようになります。
FR7本体にオフセット値が入力されることで、FR7から出力されるOpenTrackIOデータにカメラのポジション情報が正確に含まれるようになります。これにより、FR7とCalibFX®を組み合わせたバーチャルプロダクションでは、レンズキャリブレーションステップが省略可能になります。その結果、実写とCGの位置合わせが驚くべき速さで、最短1分で完了すると見込まれています。

高品質な実写CG合成を短時間で実現できるこの機能は、特に撮影時間の制約がある現場や、頻繁にカメラ設定を変更するようなバーチャルスタジオにおいて、計り知れないメリットをもたらします。Sony FR7とCalibFX®の組み合わせは、バーチャルスタジオ用のカメラとして非常に強力な選択肢となるでしょう。
「CalibFX® Suite Bundle」製品構成
CalibFX®は、必要なツールがすべて揃った「CalibFX® Suite Bundle(キャリブエフエックススイートバンドル)」として提供されます。このバンドルには、以下のものが含まれています。
-
CalibFX®ソフトウェアライセンス(1シート)
-
ARタグボード:レンズキャリブレーションに使用
-
ARタグキューブ:カメラオフセットに使用
Inter BEE 2025でCalibFX®の進化を体験
株式会社スパイスは、2025年11月19日(水)から21日(金)まで幕張メッセで開催される「Inter BEE 2025」にて、CalibFX®の実演デモを初披露します。
Inter BEE 2025 出展概要
-
開催期間: 2025年11月19日(水)~21日(金)
-
場所: 幕張メッセ
-
小間番号: 4409(Hall 4)
-
出展内容:
-
バーチャルプロダクション向けカメラトラッキングシステムとキャリブレーションソフトウェアの展示
-
Sony FR7とCalibFX®を組み合わせたAR合成デモ実演
-
OptiTrack WiredCinePuckを使ったカメラトラッキングのAR合成デモ実演
-
この機会に、最先端のバーチャルプロダクション技術と、CalibFX®が実現する高精度かつ効率的なキャリブレーションの様子を実際に体験することができます。特に、Sony FR7との連携によるAR合成デモは、そのスピードと精度にきっと驚かれることでしょう。
Inter BEE 2025の詳細については、以下の公式ウェブサイトをご覧ください。
Inter BEE 2025
株式会社スパイスについて
株式会社スパイスは、グラフィック・Web・映像・3DCG制作、XRコンテンツ開発、モーションキャプチャーシステム販売など、多岐にわたる事業を展開する企業です。1984年の設立以来、常に最先端の技術を追求し、クリエイティブ業界を牽引してきました。

今回のCalibFX®の正規販売代理店として、モーションキャプチャー事業部が担当しています。最先端の技術を駆使し、バーチャルプロダクションの発展に貢献しています。
-
株式会社スパイス コーポレートサイト:
https://spice-group.jp/ -
モーションキャプチャ事業部:
https://mocap.jp/ -
研究開発事業部:
https://spice-group.jp/lab/
また、CalibFX®に関するお問い合わせは、以下の連絡先まで。
株式会社スパイス モーションキャプチャー事業部
〒107-0052東京都港区赤坂2-14-5 Daiwa赤坂ビル3F
mocap-vp@spice-group.jp
03-5549-6157
関連リンクもぜひご覧ください。
まとめ:バーチャルプロダクションの未来を拓くCalibFX®
バーチャルプロダクションは、映像制作の可能性を大きく広げる技術ですが、その品質を左右するのは「実写とCGのズレ」をいかに解消するかという点にありました。今回発表されたCalibFX®は、レンズキャリブレーションとカメラオフセットという二つの高精度な機能により、この長年の課題に終止符を打つ画期的なソリューションです。
特に、Sony FR7との連携による最短1分でのキャリブレーションは、バーチャルプロダクションのワークフローを劇的に効率化し、クリエイターがより創造的な作業に集中できる環境を提供します。Inter BEE 2025での実演デモは、この新技術の真価を体感する絶好の機会となるでしょう。
CalibFX®の登場により、バーチャルプロダクションはさらなる高みへと進化し、視聴者にとってより没入感のある、驚くべき映像体験がきっと提供されることでしょう。この革新的な技術が、今後の映像業界にどのような影響を与えるのか、その動向に注目が集まります。

