滋賀大学は、2017年に日本初のデータサイエンス学部を設置して以来、国内のデータサイエンス・AI分野を牽引してきました。そして今回、さらなる先端研究を推進するため、AI技術の中でも特に注目が高まる「因果AI」と、社会課題の未然防止を目指す「予防統合科学」の研究拠点形成に本格的に着手します。その重要な一歩として、新たな学際プラットフォーム「因果フォーラム」を本格的に始動します。

因果AIとは? 相関と因果の違いを徹底解説
AI(人工知能)と聞くと、大量のデータからパターンを見つけ出すことを得意とするイメージがあるかもしれません。これは主に「相関関係」を見つける能力に優れていることを指します。
例えば、「ビールが売れると紙おむつも売れる」というデータがあったとします。これは「相関関係」の一例です。しかし、ビールと紙おむつに直接的な因果関係(原因と結果の関係)があるわけではありません。実際には、「週末に夫が妻に頼まれて紙おむつを買いに行く際、ついでに自分のビールも買う」といった、別の要因(週末の買い物習慣)が背景にあることが多いでしょう。
従来のAIは、このような相関関係を発見し、未来を予測することに長けています。しかし、「なぜそうなったのか」という原因を特定したり、「どうすれば結果を変えられるのか」という介入の効果を予測したりすることは苦手でした。
ここで登場するのが「因果AI」です。因果AIは、単なる相関関係ではなく、「因果関係」を推論する能力を持つAIを指します。つまり、「Aが原因でBという結果が起きた」という、原因と結果のつながりをデータから導き出すことを目指します。これにより、以下のようなことが可能になります。
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ビジネスにおける応用: あるマーケティング施策が本当に売上向上に貢献したのか、それとも他の要因によるものなのかを正確に評価できます。これにより、より効果的な戦略を立てることが可能になります。
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医療分野での応用: ある治療法が患者の回復にどれだけ影響を与えたのか、副作用のリスクはどうかといった因果関係を分析することで、個別化された治療計画の立案や新薬開発の効率化に貢献します。
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政策決定への応用: 新しい教育プログラムや経済政策が、社会にどのような影響を与えるかを事前に、あるいは実施後に因果的に分析することで、より根拠に基づいた政策立案が可能になります。
因果AIは、単なる予測に留まらず、より深い理解と効果的な介入を可能にする、次世代AIの中核を担う技術として大きな期待が寄せられています。
社会課題の未然防止を目指す「予防統合科学」
「予防統合科学」とは、病気、災害、貧困、教育格差などの社会課題が「起こってから対処する」のではなく、「未然に防ぐ」ことを目指す、学際的なアプローチです。この科学は、データサイエンス、AI、医学、心理学、社会学、経済学、工学など、非常に多様な分野の知識や手法を統合して活用します。
具体的な目的は、問題発生の根本的な原因を多角的に特定し、それに対して最も効果的な予防策を講じることです。例えば、生活習慣病の予防であれば、個人の遺伝的要因、食生活、運動習慣、ストレスレベル、さらには居住地域の環境や社会経済的背景まで、様々な側面からデータを収集・分析し、最適な介入方法を導き出します。
この予防統合科学と因果AIは密接に連携します。因果AIによって「何が原因で問題が起こるのか」をより正確に特定できるようになれば、予防統合科学は「その原因に対してどう介入すれば問題を未然に防げるのか」をより効果的に設計できるようになります。両者の融合は、より精度の高い予測と、それに基づく最適な予防策の実現を可能にし、持続可能な社会の構築に大きく貢献すると期待されています。
滋賀大学が描く未来:因果AIと予防統合科学の研究拠点
滋賀大学は、これらの先進的な研究を推進するため、データサイエンス・AIイノベーション研究推進センター内に「先端因果推論研究特別チーム」を発足させました。このチームは、清水昌平卓越教授をリーダーとし、因果推論や因果AIの最前線を切り拓くことを目指しています。
昨年12月には、このチームのキックオフシンポジウムが開催され、大学、企業、官公庁などから200名以上の研究者や学生が参加しました。活発な議論が交わされ、因果推論と因果AIに対する社会的な関心の高さが示されました。この盛況を受け、滋賀大学は知の共有と学際的な交流をさらに促進するため、「因果フォーラム」を本格的に始動することを決定しました。
因果フォーラムの三つの開催趣旨
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多様な専門家が集い、知をつなぐ場づくり
理論や方法論から、具体的な応用、そして社会実装に至るまで、幅広い立場の参加者が集まります。これにより、因果推論や因果AIに関する最新の知見が共有され、深い議論が展開される場が提供されます。 -
分野や組織の壁を越えた学際的な交流
データサイエンス、統計学、AI、医療、教育、政策、産業応用など、異なる専門領域を持つ研究者や実務家が、それぞれの事例や技術を紹介し合います。このような交流を通じて、新たな共同研究の可能性や、社会実装に向けた具体的なアイデアが生まれることが期待されます。 -
次世代を育てるオープンなコミュニティ形成
因果推論の概念や方法をさらに発展させるだけでなく、その重要性を広く社会に普及させることも目的の一つです。次世代の研究者や実務家が互いに学び、つながるオープンなコミュニティを形成することで、この分野の持続的な発展を支えていきます。
滋賀大学は、この因果フォーラムを毎年定期的に開催し、因果AIと予防統合科学の発展に貢献するとともに、両分野を融合させた「AI for Science(科学のためのAI)」と「Science for AI(AIを支える科学)」の両面を担う国内拠点の形成を目指します。
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AI for Science: AI技術を科学研究に応用し、新たな発見や知見を生み出すアプローチです。例えば、複雑な科学データをAIが分析することで、人間では見つけにくいパターンや因果関係を解明し、医学や物理学などの進展を加速させます。
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Science for AI: AI自体の基盤となる科学(数学、統計学、情報科学など)を発展させるアプローチです。AIの性能向上、信頼性の確保、倫理的な課題解決など、AI技術そのものを支える科学的な探求を深めます。
滋賀大学は、これら二つの側面から因果AIと予防統合科学の研究を推進し、日本のAI研究をさらにリードする存在となることを目指しています。
第一回「因果フォーラム」プログラム詳細
第1回因果フォーラムは、2日間にわたり、国内外の第一線の研究者や実務家を招いて開催されます。多様な視点からの講演を通じて、因果AIと予防統合科学の可能性が探求されます。
開催日時:2026年1月29日(木)12時50分~17時30分、2026年1月30日(金) 9時30分~16時30分
会場:滋賀大学彦根キャンパス(滋賀県彦根市馬場一丁目1番1号)
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メイン会場:士魂商才館3階セミナー室Ⅰ
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サテライト会場:イニシアティブ棟1階未来創生スクエア
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情報交換会会場:イニシアティブ棟2階オープンイノベーションエリア
主催:滋賀大学 データサイエンス・AIイノベーション研究推進センター、JST CREST(国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業)
後援:理化学研究所 革新知能統合研究センター(RIKEN AIP)
1月29日(木)プログラム
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13:00- 14:30 講演1 チュートリアル「因果推論の基本」
黒木 学 氏(横浜国立大学)
因果推論の基礎概念を学ぶための入門的な講演です。AI初心者でも因果推論の考え方を理解できるよう、分かりやすく解説されることでしょう。 -
14:45-15:30 講演2「実践的な課題に動機づけられた因果探索の技術開発」
鈴木 浩史 氏(富士通)
企業における実際の課題解決に因果探索技術をどのように応用していくか、その技術開発の最前線が紹介されます。理論だけでなく、具体的な実用例に触れる機会となるでしょう。 -
15:45-16:30 講演3「代理変数を用いた潜在結果変数の同時確率の識別と推定」
新垣 隆生 氏(東芝)
より専門的な内容ですが、観測できない潜在的な要因をどのように因果推論に組み込むか、そのための理論と推定方法について解説されます。高度な因果推論技術の一端に触れることができます。 -
16:45-17:30 講演4「予防医学における因果探索の社会実装 因果グラフを医療・保健の意思決定へどう『翻訳』するか」
奥田 忠久 氏(京都大学)
予防医学の分野で因果探索がどのように活用され、それが実際の医療や保健に関する意思決定にどう結びつくのか、社会実装の具体例が紹介されます。予防統合科学の実践例として注目される講演です。
1月30日(金)プログラム
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9:30- 10:15 講演5「Evaluation of “Probabilities of Causation” in the Presence of Uncontrolled Confounding and Measurement Bias」
吉田 悠夏 氏(横浜国立大学)
因果関係の確率を評価する際の、制御されていない交絡因子や測定バイアスの影響について深く掘り下げた講演です。因果推論の精度と信頼性を高めるための重要な視点が提供されます。 -
10:30-11:15 講演6「脳神経ネットワークの力学的性質を考慮した因果探索: メカニズムの理解・介入を目指して」
横山 寛 氏(岡山大学)
脳科学の分野における因果探索の応用について解説されます。脳のメカニズムを理解し、将来的な介入方法の開発に繋げるための研究内容が紹介される予定です。 -
11:30- 12:15 講演7「LiNGAM公式Pythonパッケージと因果分析アプリCausalasの最新動向」
池内 崇 氏(SCREENアドバンストシステムソリューションズ)
因果分析のための具体的なツールである「LiNGAM」のPythonパッケージと、因果分析アプリ「Causalas」の最新情報が提供されます。実務で因果分析を行う際の参考にできる内容です。 -
13:45-14:30 講演8「因果推論における介入の概念」
清水 雄也 氏(京都大学)
因果推論において非常に重要な「介入」という概念について深く考察する講演です。ある行動や施策が結果にどう影響するかを分析する上で不可欠な理論的基盤が解説されます。 -
14:45- 15:30 講演9「ボウ付きADMGの識別性:非線形因果モデルにおける必要十分な条件」
Thong Pham 氏(滋賀大学)
非線形因果モデルにおける識別性(因果関係がデータから一意に特定できる条件)に関する専門的な講演です。因果推論の理論的な限界と可能性を探る内容となります。 -
15:45-16:30 講演10「生態学分野への統計的因果推論の導入、その苦闘の紹介:理解がない&データがない状況からどうしたか」
林 岳彦 氏(国立環境研究所)
生態学という異なる分野に統計的因果推論を導入する際の具体的な課題と、それをどのように克服していったかの経験談が共有されます。データが不足している状況での因果分析のヒントが得られるでしょう。
これらの講演を通じて、因果AIと予防統合科学の理論から応用、そして社会実装に至るまで、多角的な視点から知見が深められる機会となるでしょう。
研究拠点形成が社会にもたらす恩恵
滋賀大学が推進する因果AIと予防統合科学の研究拠点形成は、単なる学術的な進展に留まらず、社会全体に多大な恩恵をもたらす可能性を秘めています。
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より良い医療と健康の実現: 因果AIが疾患の原因や治療法の効果を正確に特定することで、個別化された予防医療や効果的な治療法の開発が加速し、人々の健康寿命の延伸に貢献します。
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根拠に基づいた政策と教育: 政策立案や教育プログラムの効果を因果的に分析することで、限られた資源を最も効果的に配分し、社会全体のwell-being(幸福)を高めるための意思決定を支援します。
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産業界の競争力強化: マーケティング戦略、製品開発、サプライチェーン最適化など、企業活動のあらゆる側面で因果関係を解明することで、より効率的で持続可能なビジネスモデルの構築が可能となり、企業の競争力向上に繋がります。
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次世代AI人材の育成: 最先端の研究環境と学際的な交流の場を通じて、未来のデータサイエンティストやAI研究者を育成します。これにより、日本のAI技術力と国際競争力のさらなる強化が期待されます。
まとめ
滋賀大学が「因果AI」と「予防統合科学」を核とした研究拠点形成を目指し、学際プラットフォーム「因果フォーラム」を始動することは、日本のデータサイエンス・AI分野における大きな一歩です。単なる相関関係の発見に留まらず、原因と結果の深い理解を追求する因果AIと、社会課題の未然防止を目指す予防統合科学の融合は、私たちの社会が直面する様々な問題に対し、より本質的で効果的な解決策をもたらすでしょう。
この取り組みは、「AI for Science」と「Science for AI」の両輪で、科学の発展にAIを活用し、AI自体の基盤科学も深めるという壮大なビジョンを掲げています。滋賀大学の先進的な挑戦が、日本のAI研究を牽引し、より良い未来を築くための重要な礎となることに、今後も注目が集まります。

