生成AI(人工知能)の進化は目覚ましく、私たちの生活やビジネスに大きな変革をもたらしています。しかし、その裏側では、大量のデータを処理し、高度な計算を行うデータセンターが膨大な電力を消費しており、この電力問題は喫緊の課題となっています。
この電力消費の問題を解決し、さらなるAIの発展を支える技術として、今、「光電融合」と、その究極の形である「シリコンフォトニクス」が世界中で注目を集めています。アスタミューゼ株式会社が発表した最新の技術レポートでは、この革新的な技術に関する研究資金(グラント)、論文、特許などの動向が詳細に分析されています。本記事では、そのレポート内容を基に、シリコンフォトニクスとは何か、なぜ重要なのか、そしてどのような研究開発が進められているのかを、AI初心者にも分かりやすく解説していきます。
光電融合とシリコンフォトニクスとは?なぜ今、光が求められるのか
現代の通信技術は、主に「電気」を使って情報を伝達しています。しかし、電気には伝送距離が長くなるほど信号が弱くなったり、高速で大量のデータを送ろうとすると発熱が大きくなったりするという課題があります。一方、「光」は電気に比べて、長距離伝送での損失が少なく、エネルギー効率も優れています。特に、伝送容量が増えるほど、その優位性は顕著になります。
この光の特性を活かし、電気通信を光通信に置き換えていく動きが「通信の光化」です。1980年代に電話局や都市間の中距離通信で光ファイバーが導入されて以来、インターネットの普及により海底ケーブルを使った大陸間通信、さらには家庭へのアクセス回線へとその範囲を広げてきました。現在では、クラウドサービスが普及したことで、データセンター内におけるサーバー機器間の通信でも光化が進んでいます。
この「光化」の流れをさらに加速させているのが、生成AIの登場です。生成AIでは、サーバー機器内の演算チップ間で非常に大量のデータ伝送が求められるため、演算チップ間の通信も本格的に光化され始めています。具体的には、演算チップと光送受信器を一つのパッケージにまとめて実装する「CPO(Co-Packaged Optics)」という製造技術の開発が急ピッチで進められています。
そして、この光化の最終的な到達点と考えられているのが、演算チップ内部の通信までを光で行うというものです。シリコン製の演算チップの内部で光を扱うことから、この技術は「シリコンフォトニクス」と呼ばれ、精力的に研究開発が進められています。
シリコンフォトニクスが目指すのは、チップ内通信の光化だけではありません。光の得意とする並列計算の特性を活かした「光コンピューティング」や、「量子コンピューティング」への応用も期待されています。
サーバー機器の内側で行われる光化の技術は、総称して「光電融合」と呼ばれています。これまでの光ファイバーのようなケーブル状の伝送路から、光電融合の領域では、基板の平面上に固定されたパターンとして形成される「光集積回路(Photonic integrated circuit)」へと移行するため、必要となるデバイス技術の基盤も大きく変化しています。国内では、NTTが光電融合技術を基盤とした次世代のネットワーク・情報処理基盤構想「IOWN(アイオン)」を推進しています。
光化の段階を図で見てみましょう。

消費電力の劇的な削減が最大のメリット
光電融合によってサーバー内通信が光化される最大の効果は、消費電力の大幅な削減です。電気通信では、伝送容量が増大し信号が高周波数化するにつれて消費電力が大きく増加しますが、光通信ではこれを9割以上削減できるという試算もあります。
生成AIの普及に伴い、データセンターの数と規模が増大し、それに伴う膨大な電力消費が社会問題となる中で、光電融合の技術動向への注目はますます高まっています。
アスタミューゼ株式会社のレポートでは、光電融合の最終段階ともいえるシリコンフォトニクスに焦点を当て、独自のイノベーションデータベース(グラント、論文、特許、スタートアップ企業などの情報)を活用し、その技術動向を深く分析しています。
シリコンフォトニクスに関する研究資金(グラント)の動向
研究開発を推進するためには、国や機関からの資金援助が不可欠です。アスタミューゼの保有するグラント(競争的研究資金)データベースから、「silicon photonics」および「photonic integrated circuit」を研究概要文に含む、2016年以降に開始された約700件のグラントが抽出され分析されました。ただし、中国のデータは開示状況が年によって大きく異なるため、実態を正確に反映しない可能性があるとして今回の分析からは除外されています。
国/地域別のグラント件数と全世界の総配賦額の年次推移を見てみましょう。

このグラフを見ると、米国、日本、英国の3カ国が常に件数の7割以上を占めており、これらの国々がシリコンフォトニクス技術に継続的に注力していることが分かります。件数の年次推移には大きな変動は見られませんが、いわゆるGAFAM企業が生成AIに本格的に参入し始めた2023年には、配賦総額が大きく増加していることが確認できます。
最重要課題「III-V族半導体のシリコン上形成」への挑戦
米・日・英のグラントの中から、直近(2023年以降)に開始され、配賦額の大きい代表的な事例をいくつか紹介します。これらのグラントは、いずれも「III-V族半導体による光半導体素子のシリコン上への形成」に関する研究です。
光集積回路の根幹となる発光素子を作るには、直接遷移型と呼ばれる電子状態の性質を持つ半導体が必要です。しかし、シリコンは間接遷移型の半導体であるため、原理的に発光素子を直接作ることはできません。
光電融合の初期段階であるチップ間光通信では、直接遷移型であるInP(インジウム燐)やGaAs(ガリウム砒素)のようなIII-V族半導体基板で別途作製された発光素子をチップの外部に置くことができました。しかし、チップ内光通信のシリコンフォトニクスでは、III-V族半導体を、結晶性が高く相性の良くない(結晶の格子定数の不整合が高い)シリコン基板上に高品質な膜として形成する必要があります。これがシリコンフォトニクスにおける最も重要な課題の一つとなっています。
紹介された3件のグラントは、それぞれ異なる製膜手法でこの課題の解決を目指しています。
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Energy-efficient Data Centers and High-Performance Computing Enabled by On-chip Printed Microelectronic Optical Component and Circuit Manufacturing
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機関/企業:Iris Light Technologies Inc(米国)
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概要:ナノ材料の印刷技術を用いて、シリコン上にレーザーやフォトディテクタなどの光半導体素子を形成する研究です。これは、インクによる印刷でIII-V族半導体を形成する手法と言えます。
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量子井戸混合を用いたIII-V族半導体薄膜光集積回路の基盤技術構築
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機関/企業:東京大学(日本)
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概要:化合物半導体薄膜をシリコン上に貼り合わせて光半導体素子を形成し、光集積回路を実現する研究です。これは、III-V族ウェハで結晶成長させた膜をシリコンに貼り合わせる手法です。
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Tunnel Epitaxy of III-V on Silicon for Ultralow Power Silicon Photonic Waveguide based Modulation Devices
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機関/企業:University of Southampton(英国)
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概要:III-V族半導体をシリコン上に直接結晶成長させる製膜技術であるトンネルエピタキシーを用いて光半導体素子を形成した光集積回路に関する研究です。これは、特殊な製膜方法によるシリコン上へのIII-V族半導体の直接結晶成長を目指すものです。
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これらの研究は、シリコン上で高性能な光デバイスを実現するための多様なアプローチを示しており、今後の技術進展に大きく貢献すると期待されます。
シリコンフォトニクスに関する論文の動向
次に、論文の動向分析です。2016年以降に公開され、グラントと同様のキーワードをタイトルまたは要約文に含む論文約7,600件が抽出されました。筆頭著者の所属国別の年次推移を見てみましょう。

グラントと同様に、米国、日本、英国の3カ国に加えて、中国、カナダ、ベルギー、フランス、ドイツが上位にランクインしています。特に中国は2019年以降継続的に論文件数を伸ばしており、研究体制の拡大が進んでいることがうかがえます。
未来のトレンドを示すキーワード分析
これらの論文を母集団として、「未来推定」という分析手法が用いられました。これは、論文に含まれるキーワードの出現頻度の年次推移を調べることで、過去のブームが去った技術や、これから脚光を浴びると予測される要素技術を定量的に評価するものです。分析結果が以下の図です。直近10年間の出現本数に対する直近5年間の出現本数の比率として算出される「growth」という指数で増減傾向を評価しており、growth値が1に近いほど直近での出現頻度が高いことを示しています。

出現頻度の上昇が高い上位4キーワードのうち、3つが「ニオブ酸リチウム(LN; Lithium Niobate)」に関するキーワードです。
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ニオブ酸リチウム(LN)の重要性: ニオブ酸リチウムは、電圧をかけると光の屈折率が変化する「電気光学効果(ポッケルス効果)」が非常に高い結晶です。この特性により、レーザー光に高周波の信号を乗せる「光変調器」として非常に高い性能を発揮します。シリコンでも光変調器は作れますが、性能面ではニオブ酸リチウムに遠く及びません。前述のIII-V族半導体と同様に、シリコン上に高品質な膜として形成することが非常に難しい材料ですが、シリコンフォトニクスの発展に向けて精力的に研究が進められています。上位2キーワードの「TFLN」(Thin Film LN:薄膜ニオブ酸リチウム)と「LNOI」(LN on Insulator:絶縁層上ニオブ酸リチウム)は、いずれもシリコンウェハに貼り合わせるために加工されたニオブ酸リチウム結晶の材料形態を示しています。
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光の不揮発性メモリ「non volatile」: 出現頻度上昇の3位には、光の不揮発性メモリに関するキーワード「non volatile(不揮発性)」が入りました。光コンピューティングでは、情報を光の状態で一時的に保存する「光メモリ素子」の実現が重要な課題であり、研究対象としての注目度が高まっています。
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異種材料統合技術「micro transfer」: 5位の「micro transfer(マイクロトランスファー)」は、III-V族半導体やニオブ酸リチウムといった異なる種類の材料結晶を、整列させた複数のチップの状態でまとめてシリコン基板上に転写する製造技術に関するキーワードです。同様の製造技術は、半導体以外の分野でも、微小なLEDチップを並べて大画面ディスプレイを形成するマイクロLEDディスプレイなどで活用が検討されており、技術の相互転用による進展が期待されます。
これらのキーワードに関する論文事例をいくつか紹介します。
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High performance thin-film lithium niobate modulator on a silicon substrate using periodic capacitively loaded traveling-wave electrode
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雑誌名:APL Photonics
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概要:TFLNをシリコン基板に接合して形成した光変調器において、進行波方向に周期的に静電容量を付加した特殊な電極構造により、低電圧で広帯域変調を実現する研究です。
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High-speed and energy-efficient non-volatile silicon photonic memory based on heterogeneously integrated memresonator
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雑誌名:nature communications
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概要:電圧印加により抵抗値が切り替わる電気素子であるメモリスタにIII-V族光半導体層を接合し、光半導体層の吸収波長がメモリスタの記録状態に応じて切り替わることで実現した光メモリ素子に関する研究です。
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1.1-cm-long thin-film lithium niobate Mach-Zehnder modulator with low driving voltage integrated by micro-transfer printing
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雑誌名:Optics Express
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概要:ニオブ酸リチウム基板上に作製した薄膜状の光変調器素子を素子単位で分離・ピックアップし、シリコン基板上に転写する製造方法に関する研究です。
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その他の上昇キーワードとしては、光コンピューティングの用途として注目される「quantum computing(量子コンピューティング)」や、シリコンフォトニクスにおける製造プロセスの標準化に関連する「foundry(ファウンドリー)」があります。
また、比較対象として挙げられた「インジウム燐(indium phosphide)」は、かつてニオブ酸リチウムに次ぐ光変調器材料として注目されていましたが、2021年からはニオブ酸リチウムの論文件数が急激に上昇し、インジウム燐は減少しました。この時期に、光変調器材料の研究対象としての主役がインジウム燐からニオブ酸リチウムへ移行したと言えるでしょう。他の光変調器材料としては、チタン酸バリウム(BTO)も中程度の上昇傾向を示しています。
まとめと今後の展望
生成AIの発展は、社会に大きな恩恵をもたらす一方で、データセンターの電力消費という新たな課題を生み出しています。この課題解決の鍵となるのが、光電融合、特に「シリコンフォトニクス」技術です。
シリコンフォトニクスは、演算チップ内通信の光化を通じて、消費電力の劇的な削減と、さらなるデータ処理能力の向上を実現する可能性を秘めています。その研究開発は、III-V族半導体のシリコン上形成や、高性能光変調器材料としてのニオブ酸リチウムの活用、光不揮発性メモリ、そしてマイクロトランスファーのような異種材料統合技術といった多岐にわたる領域で活発に進められています。
米国、日本、英国が研究資金の面で継続的な注力を示し、中国が論文発表数で存在感を増すなど、国際的な競争と協力がこの分野の発展を加速させています。特に2023年には、生成AIへの本格参入を背景に研究資金の配賦総額が増加しており、今後もこの分野への投資と研究開発は活発に続くでしょう。
本記事で紹介した内容は、アスタミューゼ株式会社のレポートの一部です。同社では、「光電融合」に限らず、様々な先端技術や先進領域における分析を日々行い、企業や投資家に向けて情報を提供しています。最新の政府動向、研究開発グラント、スタートアップ情報、特許、論文データなどを組み合わせた多角的な分析を通じて、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略の構築に必要な将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威を把握することが可能です。
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アスタミューゼ株式会社 コーポレートサイト: https://www.astamuse.co.jp/
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本レポート詳細ページ: https://www.astamuse.co.jp/report/2026/260205_sp/
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