はじめに:未来の通信を支える画期的な発表
現代社会において、スマートフォンやインターネットは私たちの生活に欠かせないインフラです。その中心にあるのが、高速・大容量・低遅延を実現する「5G」という次世代通信技術。そして、この5Gの心臓部ともいえるのが「5Gコアネットワーク(5GC)」です。
今回、株式会社NTTドコモ(以下、ドコモ)と日本電気株式会社(以下、NEC)は、アマゾン ウェブ サービス(以下、AWS)上にこの5GCを構築し、2026年2月26日より国内で初めて商用サービスの提供を開始しました。これは、ネットワークの柔軟性や信頼性を飛躍的に向上させる画期的な取り組みです。
さらに、ドコモとNTTドコモビジネス株式会社(以下、NTTドコモビジネス)は、NTTドコモソリューションズ株式会社と共同で、世界で初めてAI(人工知能)を活用した5GCの設計から構築までを自動化することに成功しました。この「AIによる自動構築」は、人為的なミスを減らし、構築にかかる時間を大幅に短縮する、まさに未来の技術です。
本記事では、これらの発表が私たちの通信環境にどのような影響を与えるのか、そしてAIがどのようにしてネットワーク構築を革新するのかを、AI初心者の方にも分かりやすい言葉で詳しく解説していきます。
5Gコアネットワーク(5GC)とは?通信の頭脳を理解しよう
まず、「5Gコアネットワーク(5GC)」とは一体何でしょうか? 5Gは「基地局」と呼ばれるアンテナを通じて、私たちのスマートフォンとつながっています。しかし、その基地局が集めた情報を処理し、インターネットや他の通信網とつなげる役割を担っているのが、この5GCなのです。例えるなら、5GCは私たちの脳のようなもので、通信全体の司令塔として、さまざまな情報を適切に処理・管理しています。
従来の通信ネットワークでは、この5GCの設備は専用のハードウェアで構築されることが一般的でした。しかし、この方式では、新しいサービスを導入したり、急な通信量の増加に対応したりする際に、設備の増強に時間と手間がかかるという課題がありました。そこで注目されているのが、ソフトウェアでネットワーク機能を動かす「仮想化」という技術です。
国内初!AWS上に構築された5Gコアの商用サービス開始の衝撃
ドコモとNECは、この5GCをAWSというクラウドサービス上に構築し、国内で初めて商用サービスを開始しました。クラウド上に構築することで、どのようなメリットがあるのでしょうか?
ハイブリッドクラウドがもたらす革新
今回の取り組みの大きな特徴は、「ハイブリッドクラウド」という形で5GCが構築されている点です。ハイブリッドクラウドとは、ドコモが独自に持つ仮想化基盤(自社仮想化基盤)と、AWSのような外部のパブリッククラウドサービスを組み合わせて利用する形態を指します。

このハイブリッドクラウド環境により、ネットワークの容量を非常に柔軟かつ迅速に拡大できるようになります。例えば、大規模なイベントが開催され、一時的に特定のエリアで通信が集中するような場合でも、AWSのクラウド上に5GCの機能を一時的に増設することで、安定した通信サービスを提供できるようになります。イベントが終われば、その分の容量を縮小することも可能です。これにより、ネットワークの信頼性、柔軟性、そして持続可能性が飛躍的に向上します。
ドコモとNECは、2022年3月からAWSを活用したハイブリッドクラウド上での5GC装置の技術検証を進めてきました。通信事業者がハイブリッドクラウド環境を実現するには、二つの異なる基盤(自社基盤とパブリッククラウド)を安全かつ効率的に接続するためのネットワーク設計やセキュリティ設計が大きな課題となります。しかし、両社はこの技術検証を通じてこれらの課題を克服し、問題なく5GCが動作することを確認しました。
商用環境の構築においては、ドコモが要件定義や設計方針の策定、ハイブリッドクラウド構成の実現方式の検討を担当しました。一方、NECはAWS上での構築に向けた基盤構築の自動化技術であるInfrastructure as Code(IaC)や、継続的な統合・デリバリーを可能にするCI/CDのモデルを確立しました。具体的には、AWS CloudFormation、AWS CodeBuild、AWS CodePipelineといったAWSの様々なマネージドサービスを積極的に活用し、アーキテクチャ全体を再設計しています。これにより、ネットワークの運用効率が向上し、5G時代に求められる柔軟なネットワーク配備が可能になります。
技術検証の詳細については、以下のドコモのプレスリリースも参考になります。
環境負荷低減への貢献:AWS Graviton3の力
今回の取り組みでは、環境への配慮もなされています。ドコモとNECは、AWSが独自に開発したプロセッサである「AWS Graviton2」上で5GCを動作させた際の消費電力について検証を行いました。その結果、従来のプロセッサと比較して電力消費量が約7割削減されることを確認しています。
商用環境では、さらに新しい「AWS Graviton3」上に5GCを構築しており、Graviton2と同様、またはそれ以上の環境負荷低減効果が期待できます。これは、通信インフラが地球環境に与える影響を軽減するための重要な一歩と言えるでしょう。
AWS Gravitonについてさらに詳しく知りたい方は、以下のリンクをご覧ください。
Graviton2による省電力効果の検証結果については、以下のドコモのプレスリリースで詳細が確認できます。
世界初!AIとGitOpsで実現する5Gコアネットワークの設計・構築自動化
今回の発表で特に注目すべきは、世界で初めてAI(人工知能)と「GitOps」という運用手法を組み合わせることで、5GCの設計から構築までを自動化した点です。
ネットワークの構築は、これまで非常に複雑な作業であり、多くの専門知識と時間が必要でした。手作業による設定では、人為的なミスが発生するリスクも常に存在します。これらの課題を解決し、より迅速かつ正確にネットワークを構築するために、自動化が求められていました。
GitOpsとは?バージョン管理でインフラを自動運用
「GitOps」とは、システムのインフラ(基盤)やアプリケーションの設定情報などを、すべて「Gitリポジトリ」という場所で管理し、その情報を元に自動的にシステムを構築・更新・運用する手法です。Gitリポジトリは、プログラムのソースコードなどを複数人で共同開発する際によく使われるバージョン管理システムです。GitOpsでは、このGitリポジトリに「システムのあるべき姿」を記述し、その情報と実際のシステムの状態が一致するように自動で調整されます。これにより、設定ミスが減り、変更履歴も明確に残るため、システムの安定性が向上します。
Agentic AIとは?複数のAIが連携して目標達成
そして、今回の自動化の核となるのが「Agentic AI」です。Agentic AIとは、複数のAIエージェント(AIのプログラム)がそれぞれ特定の役割を担当し、状況に応じて行動計画を立てたり変更したりしながら、最終的な目標に向かって一連の作業(ワークフロー)全体を自動的に実行するシステムのことです。例えるなら、それぞれの専門家(AIエージェント)が協力し合い、複雑なプロジェクトを最初から最後まで自動で進めていくようなイメージです。
自動化の仕組み:Amazon Bedrock AgentCoreとMCPの活用
ドコモとNTTドコモビジネス、NTTドコモソリューションズは、このAgentic AIとGitOpsを統合した新しいアーキテクチャを実現しました。具体的には、AWSのAIエージェント開発サービスである「Amazon Bedrock AgentCore」を活用してAgentic AIを実装し、さらに「Model Context Protocol(MCP)」という標準化プロトコルも採用しています。
従来、5GCの構築には、数多くの複雑な設定ファイルを手作業で作成・修正する必要があり、これが多くの時間と人的リソースを消費していました。しかし、NTTドコモビジネスが開発したAgentic AIは、Amazon Bedrock AgentCoreを用いて複数のAIエージェントを連携させることで、以下のような作業を自動化しました。
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コンフィグ値(設定値)の設計:ネットワークの設定に必要な値をAIが自動的に設計します。
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設定ファイルの作成:設計されたコンフィグ値に基づいて、必要な設定ファイルをAIが自動で生成します。
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GitOpsへの構築指示:作成された設定ファイルをGitリポジトリに反映させ、GitOpsを通じて5GCの構築を自動的に開始させます。
この自動化により、5GCの構築期間は従来と比較してなんと約80%も短縮されました。これは、ネットワークの迅速な展開や、新しいサービスの早期提供に大きく貢献する成果です。
さらなる未来へ:AI活用の拡大と完全自動化の展望
今後、ドコモとNTTドコモビジネス、NTTドコモソリューションズは、ネットワークのさらなる高速化や精度向上を目指し、AIの活用範囲を拡大していく計画です。具体的には、AIが参照する知識ベースへのアクセスを高度化したり、AIエージェント間のタスク分担を最適化したりすることで、AIによる生成・実行の再現性や信頼性、運用効率を高めていきます。最終的には、5GC運用の完全自動化に向けた取り組みを加速していくとのことです。
このAgentic AIを活用した5GC構築の自動化については、世界的なモバイル関連見本市であるMobile World Congress Barcelona 2026(MWC 2026)にも出展し、AI社会に向けた通信インフラの革新性を世界に発信していく予定です。
各社からのコメント:この取り組みに込める想い
今回の画期的な発表に対し、関係各社の担当者からは、この取り組みに対する強い期待と展望が語られています。
株式会社NTTドコモ 執行役員 コアネットワークデザイン部長 平口 暢子氏は、この取り組みがドコモが目指すネットワークの高度化を大きく前進させるものであると述べ、AWSのスケーラブルなクラウド基盤、NECの信頼性の高い5GC、そしてドコモビジネスのAgentic AIの知見が融合した成果であることを強調しました。オンプレミス(自社設備)とパブリッククラウドの併用によるネットワークの信頼性向上と、AIによる自動化が顧客へのサービス提供に貢献すると語っています。
日本電気株式会社 Corporate SVP 兼 ネットワークソリューション事業部門長 佐藤 崇氏は、5GCソフトウェアの提供を通じてNTTドコモとAWSとともに通信インフラの変革に貢献できることを誇りに思うと述べました。日本の通信技術とグローバルなクラウドプラットフォームの融合が、世界をリードする通信インフラを実現した成果であり、今後も通信事業者のネットワーク進化に貢献していくとコメントしています。
NTTドコモビジネス株式会社 イノベーションセンター 副センター長 池尻 雄一氏は、Agentic AIによる5GC自動構築が、これまで多くの時間と専門知識を要したコアネットワーク構築プロセスを大きく変革すると語りました。AIの力を積極的に取り入れることで、サービス提供までのリードタイム短縮や、設計・構築プロセスの標準化・品質の平準化を実現し、サービスをより迅速かつ安定的に市場へ届けていくと述べています。
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 常務執行役員 情報通信・メディア・エンターテイメント・ゲーム・スポーツ・戦略事業統括本部 統括本部長 恒松 幹彦氏は、NTTドコモがテクノロジーリーダーとして通信業界を牽引し、AWSとの長年のパートナーシップによりイノベーションに取り組んできたことに言及しました。AIとクラウドの融合が通信領域に適用されることで、通信事業者が安定したサービスを提供しつつ、より迅速かつ柔軟に顧客ニーズに応える新たな可能性を切り拓くとし、AWSもドコモ、NECとともに挑戦を続けていくと語りました。
これらのコメントからは、各社がそれぞれの強みを持ち寄り、協力することで、未来の通信インフラを創造しようとする強い意志が感じられます。
まとめ:次世代通信インフラが拓く新たな社会
今回のドコモ、NEC、NTTドコモビジネスによる発表は、日本の通信インフラが新たな段階へと進んだことを明確に示しています。
AWSというパブリッククラウド上に5GCを構築し、商用サービスを開始したことで、ネットワークはこれまで以上に柔軟になり、急な需要の変化にも迅速に対応できるようになります。これにより、私たちの通信体験はさらに快適で安定したものになるでしょう。
そして、世界で初めてAIとGitOpsを組み合わせた5GCの自動構築は、ネットワーク運用のあり方を根本から変える可能性を秘めています。人為的なミスを減らし、構築期間を大幅に短縮することで、より多くの新しいサービスや技術が、より早く私たちの手元に届くようになるかもしれません。さらに、AIによる自動化は、将来的にネットワークの完全自動運用へとつながり、通信インフラの管理・運用にかかるコストや労力を大幅に削減する可能性も秘めています。
この革新的な取り組みは、通信業界だけでなく、社会全体のデジタル変革を加速させる基盤となるでしょう。AIとクラウド技術の融合が、私たちの生活をどのように豊かにしていくのか、今後の展開に大いに期待が寄せられます。

