ヤンマー建機が推進するデジタルトランスフォーメーション(DX)は、建設業界に新たな風を吹き込んでいます。その中心にいるのが、経営戦略部イノベーション推進部の田中重信氏です。彼の35年以上にわたる国際的なキャリアと、「変化を選ぶ」という強い決意が、ヤンマー建機のデジタルな未来を形づくる原動力となっています。

経験が導いたDXへの道:田中重信氏のキャリアと転機
田中氏のキャリアは多岐にわたります。日本でのエンジニアとしての出発点から、米国でのサービス部門サポート、英国での製造現場経験、そして総合家電メーカーでのソフトウェア開発や製品企画といった分野での長期にわたる活躍。これらの経験を通じて、彼は異なる視点を持つ人々の間に立ち、互いの理解を深めることの重要性を学びました。
「60歳を迎える前に、進む方向を変えるにはちょうど良いタイミングだと感じました」と田中氏は語ります。これまでの経験で培った知識とスキルを、新たな環境と機会の中で活かしたいという彼の思いが、ヤンマー建機でのDX推進の責任者という役割へとつながっていきます。
ヤンマー建機におけるデータ活用の夜明け:Dr. SumとMotionBoardの導入
田中氏が2020年にヤンマー建機に入社した際、品質企画グループでは顧客データの量が増加する一方で、多くの業務が手作業やスプレッドシートへのエクスポートに依存していました。これは非常に時間がかかり、効率性に課題を抱えていた状況です。
そこで田中氏が推進したのは、日本製のデータベース「Dr. Sum」とBI(ビジネスインテリジェンス)ツール「MotionBoard」の導入でした。
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Dr. Sumとは?
Dr. Sumは、企業内の様々なデータを一元的に集約し、整理・管理するためのデータベースシステムです。まるで散らばった情報を一箇所に集めて、使いやすいように分類してくれる「デジタルな倉庫」のような役割を果たします。 -
MotionBoardとは?
MotionBoardは、Dr. Sumに蓄積されたデータを、グラフや表、地図などを使って視覚的に分かりやすく表示するBIツールです。これにより、データの傾向や問題点を一目で把握できる「デジタルなダッシュボード」を構築できます。
これらのツールを導入した結果、これまで数日かかっていたデータ準備作業が、わずか数分で完了できるようになりました。日本、欧州、米国の品質保証チームがリアルタイムで同じデータに基づいた業務を進められるようになり、まさに「one Yanmar CE(ヤンマー建機全体が一つになる)」という感覚が実現したのです。田中氏が耳にした「データを集計するのは人間の仕事ではなく、人間がやるべきなのは意思決定だ」という言葉は、この新しい働き方の基盤となりました。この初期の成功が、2022年のデジタルトランスフォーメーション部門設立と、田中氏のリーダー就任へとつながりました。

「草の根DX」で文化を育む:現場からの変革とコミュニティの力
田中氏は、デジタルトランスフォーメーションは現場から自然に育つべきだと考えています。このアプローチは、社内で「草の根DX」と呼ばれています。これは、単に新しい技術を導入するだけでなく、社員一人ひとりのマインドセット(考え方)、組織の文化、そしてコミュニティへの参加を重視する取り組みです。
彼は社内にワーキンググループを立ち上げ、学びの共有、新しいアイデアの実験、そしてメンバー間の相互支援を促進しました。現在では200名を超えるヤンマー建機の従業員が、このデジタルコミュニティに参加しています。田中氏は「人々の意識は驚くほど変わりました。この変化に、コミュニティが大きな役割を果たしています」と語っています。
その影響力はヤンマー建機の枠を超え、田中氏は社外のコミュニティ活動にも積極的に参加しています。全国規模のユーザーコミュニティである「nest九州・沖縄」や「製造業データ活用ワーキンググループ」を率い、データ活用とツール強化に取り組んでいます。また、UiPathのグローバルな自動化コミュニティにも参画し、データ活用とDXを推進する活動が評価され、ウイングアーク1st株式会社より「Data Driven Meister」に認定されています。
このような社内外の交流は、田中氏を世界的なトレンドと結びつけ、彼の思考の幅を広げています。「組織を超えて人とつながることで、新しいアイデアや、同じ立場だからこそ得られる支えを受け取ることができます。そのつながりには大きな力があります」と、コミュニティの重要性を強調しています。

AI活用の現在地と未来:バランスの取れたアプローチ
近年注目される生成AIは、ヤンマー建機のデジタルジャーニーにおいて新たな次元を加えています。田中氏がAIに期待するのは、単なる作業の自動化だけではありません。より速く、より質の高い意思決定を支援することに重点を置いています。
彼はAIを、ヤンマーグループが掲げる「フィードバックループ」(データ収集、意思決定、行動、振り返り)の中に位置づけ、このループを回すスピードを高めるツールとして活用しようとしています。
一方で、生成AIの限界についても現実的な視点を持っています。「生成AIは万能ではありません。新入社員のようなものです。導き、育てていく必要があります」と田中氏は語ります。つまり、AIは完璧ではなく、人間が適切に指示を与え、学習させていくことで初めてその真価を発揮できるということです。彼は、AIの精度がたとえ50%であってもまずは導入し、使いながら改善していくことが進歩につながると強調しています。「AIは作業を支援しますが、判断を下すのは人です」という彼の言葉は、AIと人間の協働における重要な原則を示しています。
ヤンマー建機の中でも、すでに具体的なAI活用事例が生まれています。
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人事部門での活用:従業員が自然言語(通常の言葉)で就業規則などの質問をすると、AIが長いPDF資料を探し回ることなく、該当箇所を即座に表示する検索ツールの試験運用が行われています。これにより、従業員は必要な情報を素早く手に入れることができ、業務効率が向上します。
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バックオフィス業務のデジタル化:Dr. SumとMotionBoardを基盤としたワークフローにより、請求書照合などのバックオフィス業務がデジタル化されています。これにより、これまで手作業で行っていた確認作業が、AIによる迅速な比較へと置き換えられ、承認プロセスが円滑になっています。
これらの事例は、AIが日々の業務にいかに貢献し、従業員がより創造的で価値のある仕事に集中できる環境を整えているかを示しています。
DXがもたらす顧客価値と業界の未来:迅速な対応とシチズンデベロップメント
ヤンマー建機のDX推進は、最終的に顧客への価値提供へとつながります。早期に正確な洞察を得ることで、問題が深刻化する前に対処できるようになり、機械の信頼性が向上します。これにより、顧客体験全体の改善が期待されます。
田中氏は、このような変化が建設業界全体にも広がっていると見ています。特に欧州や米国では、リアルタイムデータやAI支援型ワークフローへの移行が急速に進んでいます。また、多くの製造業では、従業員自身が必要なツールを構築できる「シチズンデベロップメント」の取り組みが広がっています。これは、専門のプログラマーでなくても、誰もがデジタルツールを開発し、業務改善に貢献できるという考え方です。田中氏は「技術は進化しますが、組織を担うのは人です」と述べ、技術の進化と同時に、それを使いこなす人々の成長が不可欠であると強調しています。
次世代への継承と変化を選ぶマインドセット
田中氏のDX推進における考え方は、ヤンマーグループの「DX推進GOアクションガイドライン」と深く重なります。このガイドラインは、「当たり前を疑い、オープンマインドで、広く協働し、恐れずに変化へ向き合う」ことを奨励しています。彼は引き続き社内外のコミュニティへの参加を続け、世代を超えたアイデア交換を大切にしています。「コミュニティの一員であることは、キャリアの中でも特に価値ある経験の一つでした」と、その喜びを語っています。
今後、田中氏は次世代のデジタルリーダーを支援し、若い社員がヤンマー建機の未来を形づくる自信を持てるよう手助けしたいと考えています。57歳で新たな挑戦を選んだ彼にとって、これは自然な流れです。組織は常に変化し続ける「生き物」であるという彼の認識は、未来への継続的な適応と成長の重要性を示しています。
田中氏にとって、デジタルトランスフォーメーションの旅は、好奇心、集団の力、そして変化を選ぶ意志によって、これからも続いていきます。ヤンマー建機のDXは、技術革新だけでなく、人の成長と組織文化の変革を伴いながら、建設業界の新たな未来を切り拓いていくことでしょう。
ヤンマー建機株式会社について
ヤンマー建機株式会社は、ミニ建機メーカーのパイオニアとして、独創的なアイデアで業界をリードしてきました。ミニショベルやホイルローダー、キャリアなどの小型建設機械から、可搬型発電機、ディーゼル発電機、溶接機、投光機などの汎用製品まで、幅広い製品を提供しています。
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事業内容:ヤンマーグループの中で小型建設機械(油圧ショベル・ローダーなど)ならびに汎用製品(発電機・投光機など)の開発・生産・サービス・販売
まとめ
ヤンマー建機のデジタルトランスフォーメーションは、田中重信氏のリーダーシップのもと、データ活用、AI導入、そして「草の根DX」というユニークなアプローチを通じて着実に進んでいます。Dr. SumとMotionBoardによるデータの一元化と可視化は業務効率を劇的に向上させ、生成AIは意思決定の質を高める新たなツールとして活用されています。また、社内外のコミュニティ活動を通じて、社員のマインドセットと文化が変革され、現場からのイノベーションが促進されています。これらの取り組みは、顧客体験の向上に直結し、建設業界全体のデジタル化を牽引する可能性を秘めています。今後もヤンマー建機が、人と技術の融合によってどのような未来を創造していくのか、その動向から目が離せません。

