労働力不足の解決策として注目される「フィジカルAI」
日本は、生産年齢人口の減少という深刻な社会課題に直面しています。厚生労働省のデータによると、2020年には約7,500万人だった生産年齢人口が、2040年には約6,200万人まで減少すると予測されており、企業にとって生産性の向上は喫緊の課題です。この課題を解決する鍵として、AI(人工知能)やロボットの活用に大きな期待が寄せられています。
しかし、従来のロボットはプログラムされた定型作業に特化しており、物流や製造現場で発生する「非定型作業」のように、環境が変化したり、予測不能な要素が多い作業への対応は困難でした。このような背景から、SCSK株式会社(以下 SCSK)、ネットワンシステムズ株式会社(以下 ネットワンシステムズ)、TechShare株式会社(以下 TechShare)の3社は、NVIDIAの技術を活用した「フィジカルAI」の社会実装に向けた協業を2026年2月1日から開始しました。
この協業は、これまで自動化が困難だった複雑な作業をロボットが自律的に再現できる技術の構築を目指し、深刻な労働力不足の解消に貢献することを目指しています。
フィジカルAIとは?ロボットが「見て、考えて、動く」仕組み
「フィジカルAI」とは、現実世界(フィジカル空間)の情報を基に、ロボットが自律的に認識し、判断し、動作する技術を指します。具体的には、ロボットに搭載されたカメラやセンサーから得られる情報(例えば、目の前の物体の形状、位置、周囲の状況など)をAIが解析し、その情報に基づいて次に何をすべきかを判断し、実際に腕を動かしたり、物を掴んだりといった動作を統合的に行います。これにより、環境の変化にも柔軟に対応しながら、与えられたタスクを遂行できるようになります。
模倣学習:人間から学ぶAIロボット
今回の協業で特に重要となるのが「模倣学習」という技術です。模倣学習とは、人間が実際に行った作業の動きをAIが手本として学習し、それを自律的に再現する技術です。例えば、人間が複雑な部品の組み立て作業を行う様子をロボットが見て学習することで、ロボット自身がその作業を再現できるようになります。
従来のロボットは、人間が一つ一つの動きを細かくプログラミングする必要がありました。しかし、模倣学習を用いることで、人間が「やってみせる」だけでロボットがその技術を習得できるようになり、ロボットへの作業指示が格段に容易になります。この技術の「推論精度向上」、つまり、より正確に、より効率的に人間の動きを真似できるようになることが、今回の協業の大きな目標の一つです。

協業の背景:データ不足とIOWNによる解決
フィジカルAIの実現には、ロボットが学習するための質の高いデータが大量に必要不可欠です。しかし、現実世界で多様な状況に対応できるような学習データを十分に収集することは、時間もコストもかかる大きな課題でした。
この課題に対し、3社はそれぞれの強みを持ち寄ることで解決を目指します。
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SCSKの強み:デジタルツイン技術による「学習データの補完」
デジタルツインとは、現実世界の物理的な対象物やシステムを、コンピューター上にデジタルデータとして再現する技術です。SCSKはこのデジタルツイン技術を活用し、仮想空間で現実世界を精密に再現することで、ロボットが学習するための多様なシナリオや状況を生成し、不足する学習データを補完します。これにより、実世界でのデータ収集の労力を大幅に削減できます。
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ネットワンシステムズの強み:高度AI基盤とIOWN
ネットワンシステムズは、AIの学習や推論を高速かつ効率的に行うための高度なAI基盤を提供します。特に、NTTが提唱する次世代の通信・情報処理基盤構想である「IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)」の活用により、低遅延で効率の良い処理が可能な分散学習環境を構築します。これにより、大規模な学習データを効率的に処理し、AIモデルの精度向上を加速させることが可能になります。
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TechShareの強み:ロボティクス技術と模倣学習・深層強化学習の知見
TechShareは、ヒューマノイドロボットを含む各種ロボットに関する深い知見と、模倣学習や深層強化学習といった最先端のAI学習技術に関する豊富なノウハウを持っています。これらの知見を活かし、ロボット実機での動作検証や学習プログラムの最適化を支援します。
この3社の協業により、実現場でのデータ不足という技術的な障壁を乗り越え、複雑な環境に柔軟に適応して自律的に動作するAIロボット(フィジカルAI)の社会実装を加速し、持続可能な社会の実現に貢献していきます。
協業の具体的な内容:NVIDIA技術を活用した実証実験
今回の協業では、2026年2月1日から2026年3月下旬にかけて、具体的な実証実験が予定されています。
実証内容の核心:合成データ生成と模倣学習モデルの精度向上
実証実験の核となるのは、NVIDIAの先進技術を活用した「高品質な合成データ生成」と「模倣学習モデルの継続的な精度向上」です。
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SCSKによる高品質な学習データ(合成データ)の生成
SCSKは、オープンなロボティクスシミュレーションフレームワークである「NVIDIA Isaac Sim」や、生成型世界基盤モデルである「NVIDIA Cosmos」を統合します。これにより、仮想環境内で多様なシナリオを再現し、物理的に非常に精度の高い学習データを大量に生成します。例えば、ロボットが物を掴む際の光の当たり方、影の落ち方、物の質感、摩擦など、現実世界に近い条件でデータを生成できます。また、NVIDIA Omniverseライブラリ上にロボットを再現したデジタルツイン環境を構築し、動画ベースの生成データに加え、効率的に大量の学習データを生み出します。
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NVIDIA Isaac Sim: ロボティクスシミュレーションと合成データ生成のためのツールです。詳細はこちら
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NVIDIA Cosmos: フィジカルAIを支援する生成型世界基盤モデルのプラットフォームです。詳細はこちら
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NVIDIA Omniverse: デジタルツイン環境を構築するためのプラットフォームです。詳細はこちら
さらに、SCSKはNVIDIA Cosmosが提供するオープンソースソフトウェア(OSS)のコード修正・再構築を行い、ロボット学習に特化した動画生成プロセスを確立することで、より効果的な学習データ生成を目指します。
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ネットワンシステムズによるAI学習モデルの構築と検証
SCSKが生成した高品質なデータは、ネットワンシステムズが所有する高度なAI基盤上で学習されます。このAI基盤は、低遅延・高効率な処理が可能な最新インフラであり、ここで模倣学習モデルが構築され、その推論性能が検証されます。人間による操作データも活用し、模倣学習モデルの精度向上を図ります。
ネットワンシステムズは、イノベーションセンターの「INNOVATION SHOWCASE」にて、フィジカルAIに関する顧客向けデモを提供し、共創の場を創出します。INNOVATION SHOWCASEはこちら
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TechShareによるロボティクス技術支援と学習プログラムの改良
TechShareは、ロボットベンダーとしての深い知見に基づき、ハードウェアと学習プログラムの両面から検証を支援します。ロボットの物理的な技術仕様やシステム構成に関する詳細情報を提供し、SCSKおよびネットワンシステムズの技術検証をバックアップします。また、蓄積してきたロボティクスの模倣学習ノウハウに基づき、生成データを用いた学習プログラムの最適化・改良を行います。
これらのプロセスを通じて、学習データへのフィードバックを繰り返すことで、模倣学習モデルの推論精度を継続的に向上させ、環境変化に強い自律型AIロボットの有効性が実証されることになります。
フィジカルAIがもたらす価値と期待される効果
今回の協業によるフィジカルAIの社会実装は、製造業や物流業の現場に大きな変革をもたらします。
1. 導入コストと期間の大幅な削減
仮想空間で生成した高品質な学習データを活用することで、従来は実機に依存していた膨大なデータ収集の負担を大幅に軽減できます。これにより、ロボットを現場に導入するまでの期間とコストが圧縮され、より多くの企業がロボット自動化の恩恵を受けやすくなります。
2. 非定型作業の効率化と適用範囲の拡大
模倣学習モデルの推論精度が向上することで、現場での環境変化や未知の対象物に対しても安定的に動作するロボットの適用範囲が拡大します。例えば、以下のようなこれまで自動化が困難だった非定型作業の効率化が促進されます。
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バラ積み部品のピッキング: 散らばった状態の部品をロボットが認識し、正確に一つずつ掴み取る作業。
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整列: 不規則に置かれた物を、決められた位置や向きに正確に並べ替える作業。
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パレットへの積み付け・荷下ろし: 形状や重さが異なる様々な荷物を、効率的かつ安全にパレットに積み重ねたり、降ろしたりする作業。
これらの技術革新は、製造・物流現場における省人化と生産性向上に寄与し、深刻化する労働力不足という社会課題の解決に大きく貢献することが期待されます。
今後の展望:多様な産業への展開と社会課題の解決
本共同実験で得られた技術と知見は、パッケージ化され、多様な作業へ柔軟に対応可能な模倣学習ソリューションとして、2026年度中のサービス化を目指しています。
サービス化の皮切りとして、まずは製造・物流分野での実用化を進めます。その後は、医療やホームケアといった幅広い産業分野への展開も視野に入れ、パートナー企業との協業を通じて、ロボティクス技術の社会実装をさらに加速していく方針です。
3社は、フィジカルAIの普及をリードすることで、2030年に向けた深刻な労働力不足という社会課題の解決に貢献していくことを目指します。
SCSKグループの技術戦略「技術ビジョン2030」
SCSKグループは、「共創ITカンパニー」の実現に向け、「技術ビジョン2030」という技術戦略を推進しています。この戦略では、先進デジタル技術の最大活用による事業構造の変革(デジタルシフト)や、生成AIの活用による飛躍的な生産性向上の実現を目指しています。また、これまで蓄積してきた知財を活用した製品・サービス開発を推し進め、顧客や社会、生活におけるさまざまな課題解決に対応していく方針です。
まとめ
SCSK、ネットワンシステムズ、TechShareの3社によるフィジカルAIの協業は、日本の労働力不足という大きな課題に対し、革新的な解決策を提示するものです。NVIDIAの先進技術と3社の専門知識が結集することで、これまで自動化が困難だった非定型作業のロボットによる自律化が現実のものとなりつつあります。この取り組みが、製造・物流現場の生産性向上だけでなく、将来的には医療やホームケアといった多岐にわたる分野で、私たちの生活をより豊かに、そして持続可能な社会の実現に貢献していくことが期待されます。AI初心者の皆様も、このフィジカルAIの進化にぜひご注目ください。

