製造現場の深刻な課題:24時間監視と人手不足
現代の製造現場やプラント設備では、安全かつ安定した稼働が常に求められています。しかし、設備トラブルに起因する発煙、発火、液漏れといった異常事態は、品質の低下や生産ラインの停止といった重大な問題に直結する大きなリスクとなります。これらの異常を未然に防ぎ、迅速に対応するためには、監視カメラを用いた24時間体制の監視が不可欠です。
ところが、この24時間監視体制の維持には、大きな課題が横たわっています。それは、監視員の精神的・肉体的な負担の大きさ、そして何よりも深刻化する人手不足です。熟練の監視員を常に配置し続けることは難しくなっており、多くの企業が効率的かつ確実な監視方法を模索しています。
このような背景の中、キヤノンマーケティングジャパングループの一員であるキヤノンITソリューションズ株式会社(以下、キヤノンITS)は、長年にわたりキヤノンや他メーカーの製品開発で培ってきた画像処理技術とAI開発力を結集し、現場の監視業務を高度化・効率化するソリューションの開発に取り組んできました。その成果の一つが、異常監視システム「ANOMALY WATCHER」です。
「ANOMALY WATCHER」とは?監視の未来を拓くシステム
「ANOMALY WATCHER」は、製造現場やプラント設備における異常監視の省力化を目指して開発されたシステムです。従来の監視システムが抱えていた「特定の異常パターンしか検知できない」「設定が複雑で専門知識が必要」といった課題に対し、より柔軟で使いやすい異常検知機能を提供することを目指しています。
このシステムは、監視カメラの映像をAIが分析することで、人間の目では見落としがちな微細な変化や、長時間監視による見逃しリスクを低減します。これにより、監視員の負担を軽減しつつ、工場全体の安全性と生産性の向上に貢献することが期待されています。
そして2025年11月12日、キヤノンITSは「ANOMALY WATCHER」にさらなる進化をもたらす、画期的な機能を提供開始しました。それが、視覚言語モデル(Vision-Language Model、以下VLM)との連携による異常検知機能です。
AI初心者でもわかる!VLM(視覚言語モデル)の基礎知識
「VLM(視覚言語モデル)」という言葉を初めて耳にする方もいらっしゃるかもしれません。まずは、このVLMがどのようなAI技術なのかを、AI初心者の方にも分かりやすく解説しましょう。
AI(人工知能)は、私たちの身の回りで様々な形で活用されていますが、近年特に注目を集めているのが「生成AI」と呼ばれる技術です。生成AIは、まるで人間のように文章を書いたり、画像を生成したりする能力を持っています。
VLMは、この生成AIの一種であり、「Vision(視覚)」と「Language(言語)」という二つの異なる情報を同時に理解し、結びつけることができるAIモデルです。これまでのAIは、画像認識であれば「これは猫である」と画像を認識する能力に特化し、言語モデルであれば「猫について説明する」とテキストを生成する能力に特化していました。
しかしVLMは、この二つの能力を融合させています。例えば、ある画像を見たときに、VLMはその画像に何が写っているのかを認識するだけでなく、その状況を言葉で詳しく説明したり、画像の内容について質問に答えたりすることができます。人間が目で見ているものを言葉で表現したり、言葉で指示されたものを見つけたりするのと似たような能力を持っていると考えると分かりやすいでしょう。
具体的には、VLMは以下のようなことができるようになります。
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画像とテキストの同時理解: 画像に写っている物体や状況を認識し、それに関連するテキスト情報と結びつけることができます。
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画像の内容を言語で説明: 画像を見て、「この画像には、公園のベンチに座って本を読んでいる人が写っている」のように、その内容を自然な言葉で説明できます。
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テキストによる画像検索: 「青い空と海が写っている画像」といったテキストの指示で、それに合致する画像を検索できます。
このVLMの登場により、AIは単に画像やテキストを個別に処理するだけでなく、それらを統合的に理解し、より複雑なタスクを実行できるようになりました。そして、この強力なVLMの能力が、異常監視システムに新たな可能性をもたらすのです。
VLM連携がもたらす「ANOMALY WATCHER」の進化:柔軟で高精度な異常検知
キヤノンITSが提供を開始した「ANOMALY WATCHER」とVLMの連携は、従来の異常監視の常識を大きく変えるものです。この連携によって、どのような新たな異常検知が可能になるのでしょうか。
1. 画像の内容を「言語的に解釈」する革新性
これまでの異常監視システムは、特定の色の変化や物体の形状の変化といった「定量的な差分」を検知することが得意でした。しかし、VLMと連携することで、「ANOMALY WATCHER」は監視カメラの映像をVLMが「見て」、その状況を「言葉で理解」できるようになります。
例えば、VLMは単に「煙が出ている」と検知するだけでなく、「設備から通常とは異なる色の煙が勢いよく噴き出している」といった、より詳細で意味のある状況を言語的に解釈することが可能です。この「意味の理解」こそが、従来のシステムでは難しかった、より高度な異常検知を可能にする鍵となります。
2. 現場主導で「柔軟にルール設定」ができる実用性
VLM連携の大きな特長の一つは、異常検知のルール設定が非常に柔軟になる点です。従来のAIモデルでは、特定の異常パターンをAIに学習させるために、大量の異常画像データを用意し、専門家が時間をかけて学習させる必要がありました。
しかし、VLMは大量の画像データによるAIモデルの学習を必要とせず、プロンプト(自然言語)による条件設定が可能です。プロンプトとは、AIに対する指示や質問を自然な言葉で記述したものです。これにより、現場の担当者が普段使っている言葉で、異常状態のルールを設定できるようになります。
具体的には、以下のようなルール設定が可能です。
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「人が倒れている状態を検知対象とする」
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「設備から通常とは異なる色の液体が漏れている状況を検知する」
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「作業員が危険区域に侵入している状態を検知する」
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「フォークリフトが指定されたルートを外れて走行している場合に検知する」
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「製品の搬送ライン上で、通常よりも多くの製品が滞留している状態を検知する」
このように、現場の担当者が直感的に理解できる言葉でルールを設定できるため、専門知識がなくても異常検知ルールの構築や管理が容易になります。これにより、現場の多様なニーズに迅速に対応し、これまで見逃されがちだった「あいまいな異常」や、特定のパターンに当てはまらない「想定外の異常」も検知対象にできる可能性が広がります。
3. オンプレミス環境での運用による「セキュリティと柔軟性の両立」
AI技術の活用において、特に製造業やプラント、研究施設といった分野では、機密性の高いデータを扱うため、セキュリティが非常に重要な懸念事項となります。クラウドサービスを利用する場合、データが外部のサーバーに送信されることに抵抗を感じる企業も少なくありません。
「ANOMALY WATCHER」のVLM連携機能は、VLMサーバーをオンプレミス環境に構築することが可能です。オンプレミスとは、自社の施設内にサーバーを設置し、自社ネットワーク内で運用する方式のことです。これにより、機密性の高いデータを外部に出すことなく、社内ネットワーク内で完結したセキュアな環境でVLMによる異常検知を利用できます。
クラウド接続が制限されることが多い環境でも安心して利用できるため、セキュリティと利便性の両方を高いレベルで実現します。これにより、データ漏洩のリスクを低減しつつ、VLMの高度な検知能力を最大限に活用することが可能になります。
4. 多層的な異常検知による「精度向上とリスク低減」
VLM連携により、「ANOMALY WATCHER」はより多層的で高精度な異常検知を実現します。従来の画像比較による「定量的な差分検知」(例:色の変化、大きさの変化)や、特定のAIモデルによる検知に加え、VLMによる「定性的な判断」(例:状況の意味、内容の理解)を組み合わせることができます。
これにより、異常検知の網羅性や再現性が向上し、誤検知(誤った警報)や見逃し(本来検知すべき異常を見落とすこと)のリスクが大幅に低減されることが見込めます。例えば、単に「煙」を検知するだけでなく、「この煙は火災に繋がりうる危険な煙である」といったVLMの判断が加わることで、より的確な状況判断と迅速な対応が可能になります。
この多層的なアプローチは、複雑な環境下での異常検知において、より信頼性の高い監視体制を構築するために不可欠な要素と言えるでしょう。
「ANOMALY WATCHER」VLM連携機能の導入方法と費用
この革新的なVLM連携機能は、キヤノンITSがオンプレミスのVLM環境を構築し、「ANOMALY WATCHER」と連携するためのスクリプトを提供することで利用可能になります。導入を検討している企業向けには、試用を安価に実施できるモニターライセンスも用意されています。
| 製品名 | 価格(税別) | 提供開始日 |
|---|---|---|
| ANOMALY WATCHER モニターライセンス※1 | 15万円~※2 | 2025年11月12日 |
| ANOMALY WATCHER 永続ライセンス | 80万円※3 | 2025年11月12日 |
※1 カメラ/解析PC/VLMサーバー/ソフトウェアを最大60日間利用可能なライセンスです。
※2 導入環境によっては利用開始時の環境構築/スクリプト作成/設定などの費用が別途発生します。
※3 導入には別途システム開発などの費用が発生します。
この機能の詳細や実物を見てみたい方は、2025年11月19日(水)から11月21日(金)に開催される「EdgeTech+2025」にて、「ANOMALY WATCHER」が展示される予定です。
「ANOMALY WATCHER」に関する詳細情報は、以下のホームページで確認できます。
今後の展望:進化し続ける監視システム
監視システム市場は、セキュリティ対策の強化や自動化・省人化ニーズの高まりを背景に、今後も継続的な成長が予想されています。キヤノンITSは、この市場の動向を見据え、生成AIをはじめとする先進技術の活用をさらに進めていく方針です。
「ANOMALY WATCHER」の柔軟性と拡張性をさらに高めることで、「どの現場にも導入できる監視システム」へと進化させていくことを目指しています。これにより、現場ごとの多様なニーズに応え、より高精度かつ柔軟な異常検知を実現し、迅速なリスク対応を支援することで、社会に新たな価値を提供していくことでしょう。
まとめ:AIが拓く安全な未来
キヤノンITソリューションズの「ANOMALY WATCHER」とVLMの連携は、製造現場やプラント設備における異常監視のあり方を根本から変える可能性を秘めています。AI初心者の方にもご理解いただけたように、VLMは単なる画像認識を超え、画像の内容を「言葉で理解」する能力を持つことで、これまでのシステムでは難しかった柔軟で高精度な異常検知を実現します。
この技術は、人手不足という社会的な課題を解決し、監視員の負担を軽減するだけでなく、オンプレミス運用による高いセキュリティを確保しながら、より安全で効率的な生産活動を支援します。生成AI技術の進化は、私たちの産業の未来をより安全で、より豊かなものへと導く強力なツールとなるでしょう。キヤノンITSの「ANOMALY WATCHER」の今後のさらなる進化に注目が集まります。

