劇作家・市原佐都子が「粘菌とAI」で問いかける生命の神秘と未来:札幌でアートとサイエンスの融合展覧会を開催

2026年1月31日(土)から2月11日(水・祝)まで、札幌文化芸術交流センターSCARTSにて、注目すべき展覧会「SCARTS×CoSTEPアート&サイエンスプロジェクト 市原佐都子『肉の上を粘菌は通った』」が開催されます。本展は、国内外で活躍する劇作家・市原佐都子氏が、人間の生殖活動や未来の健康を考える「プレコンセプションケア」という科学的トピックから着想を得て、粘菌とAIをモチーフに制作した初のインスタレーション作品を発表するものです。アートとサイエンスが融合したこのユニークなプロジェクトは、私たちに生命の神秘と未来について深く問いかけるでしょう。

SCARTS×CoSTEPアート&サイエンスプロジェクト 市原佐都子『肉の上を粘菌は通った』展覧会ポスター

アートとサイエンスの融合「SCARTS×CoSTEPアート&サイエンスプロジェクト」とは?

このプロジェクトは、札幌文化芸術交流センターSCARTSと北海道大学CoSTEP(科学技術コミュニケーション教育研究部門)が共同で推進しています。その主な目的は、若い世代の人々がアートとサイエンスの両方に対して、探究心や感性を育むことです。社会的に注目されている科学的なテーマを起点とし、アーティストが自らの関心領域に引き寄せて深くリサーチを行い、それを表現へと結びつけます。

この取り組みでは、単に完成した作品を展示するだけでなく、アーティストが新たな視点や価値を見つけ出すまでのプロセスを、トークイベントやワークショップ、そして成果発表会を通じて来場者と共に体験することを目指しています。科学的な知識と芸術的な感性が交差することで、どのような新しい発見や感動が生まれるのか、その過程自体がこのプロジェクトの大きな魅力です。

展覧会の着想源「プレコンセプションケア」を深掘り

今回の展覧会の中心的なテーマの一つである「プレコンセプションケア」という言葉は、まだ聞き慣れない方も多いかもしれません。これは、将来の妊娠や出産を考えて、現在の自身の健康状態を確認したり、日々の生活習慣を見直したりすることで、一人ひとりのライフステージやライフプランに合わせた健康づくりを進めるという考え方を指します。世界保健機関(WHO)も、性別を問わず、妊娠する前に医学的・行動学的・社会的な側面から健康介入を行うことを推奨しており、近年世界中で注目度が高まっているトピックです。

「プレコンセプションケア」は、単に特定の病気の治療を目指すだけでなく、より広い視点から「健康な人生を送るための準備」と捉えることができます。例えば、食生活の改善、適度な運動、ストレス管理、禁煙、飲酒量の見直しなどが含まれます。また、遺伝的な要素や感染症のリスクについても事前に把握し、必要に応じて対策を講じることも重要です。この考え方は、未来の自分や、もしかしたら生まれてくるかもしれない次世代の健康まで見据えた、非常に包括的なアプローチと言えるでしょう。

劇作家・市原佐都子氏の探究:粘菌とAIが織りなす新たな表現

今回のプロジェクトを牽引するのは、劇作家、演出家、小説家、そして城崎国際アートセンター芸術監督として多岐にわたり活躍する市原佐都子氏です。市原氏は、人間の行動や身体にまつわる生理的な感覚、そしてそこから生じる違和感を、独自の言語センスと身体感覚で捉え、舞台作品などを制作してきました。2011年には戯曲『虫』で第11回AAF戯曲賞を受賞し、2019年には初の小説集『マミトの天使』を出版。同年、あいちトリエンナーレで初演された『バッコスの信女 ─ ホルスタインの雌』では第64回岸田國士戯曲賞を受賞するなど、その才能は高く評価されています。

市原佐都子氏のポートレート

市原氏は「プレコンセプションケア」というテーマから着想を得て、人間の生殖活動について問い直すモノローグを書き下ろしました。そして、このリサーチの中で出会った「粘菌」と「AI」という二つのモチーフを作品制作に取り入れました。粘菌は単細胞生物でありながら迷路を解いたり、効率的なネットワークを形成したりする不思議な生命体です。一方、AIは人間の知性を模倣し、学習・推論・判断を行う技術であり、私たちの生活や社会に大きな影響を与えつつあります。

粘菌とAIが作品に与える意味

市原氏が粘菌とAIを作品に取り入れた背景には、人間の生命活動を、より根源的で普遍的な視点から捉え直したいという意図があると考えられます。粘菌は、個と集団、単純さと複雑さ、そして生命の根源的な「つながり」や「動き」を象徴する存在です。AIは、人間の思考や創造性を拡張する可能性を秘めつつも、時に人間の常識や感情を超越した振る舞いを見せる「異質な知性」として、生命や存在の定義を揺さぶる存在です。これらのモチーフを通じて、市原氏は「プレコンセプションケア」が提示する、人間が自らの生殖活動や未来の健康を「管理」しようとする姿勢に対し、生命の持つ根源的な力や予測不可能な側面を対置させ、深い問いを投げかけているのでしょう。

研究室で顕微鏡を覗く人々の様子

作品制作にあたっては、北海道大学の研究者からの専門的なアドバイスが活かされています。さらに、AIを「Alien Intelligence(エイリアンの知性)」と捉え、自ら開発したAIと共に作品制作を行うアーティスト・岸裕真氏を協働制作者として迎え、インスタレーション作品が展開されます。岸裕真氏は1993年生まれのアーティストで、人間とAIによる創発的な関係「エイリアン的主体」を掲げ、絵画、彫刻、インスタレーションなど多様な表現で活躍しています。彼の著書『未知との創造:人類とAIのエイリアン的出会いについて』は2025年に出版予定です。

アーティスト 岸裕真氏のポートレート

この展覧会では、市原氏と岸裕真氏に加え、アーティスト・映像作家の成瀬陽太氏、そしてHardware Engineer / Technical Directorである竹森達也氏(AbstractEngine)がメンバーに加わり、新作インスタレーション作品の制作を行っています。成瀬陽太氏は、知覚現象やAI技術を用いたインスタレーション制作や、リアルタイム映像演出など、様々な技術・メディアを横断する表現活動を展開しています。竹森達也氏は、京都大学でロボティクス研究に従事し、メカ、電子回路、制御工学の総合的な設計開発・実装を行うなど、高度な技術力でプロジェクトを支えています。

アーティスト 成瀬陽太氏のポートレート

Hardware Engineer / Technical Director 竹森達也氏のポートレート

粘菌研究における協力体制

本展のテーマである「粘菌」に関する深い理解と表現を実現するため、多方面からの協力体制が築かれています。特に、北海道大学電子科学研究所知能数理研究分野が、粘菌研究に関する情報提供や映像撮影、生体展示などについて協力しています。この研究分野では、粘菌だけでなく、ラッパムシや有殻アメーバといった単細胞生物の知的な行動を数理的な視点から読み解こうと日々研究が進められています。野外から採集し、飼育された単細胞生物たちが示す様々な振る舞いは、研究者たちを驚かせ、予想以上に複雑な生命の一面を見せることもあるそうです。

鮮やかな黄色の粘菌の様子

このような科学的な知見と、アーティストの創造性が融合することで、来場者は粘菌という一見地味な生物の中に、生命の奥深さや宇宙的な広がりを感じ取ることができるでしょう。科学的な視点から生命を理解し、それをアートとして表現することで、私たちは普段意識しないような生命の根源的な問いに向き合うきっかけを得られます。

展覧会をさらに楽しむ関連イベント

本展では、作品鑑賞をさらに深めるための2つの関連イベントが開催されます。

アーティスト×研究者トーク

  • 日時: 2026年1月31日(土)14:00~15:30

  • 会場: SCARTSモールC(札幌市民交流プラザ2F)

  • 参加: 無料、予約不要、誰でも参加可能

このトークイベントでは、市原佐都子氏、岸裕真氏といったアーティストと、北海道大学電子科学研究所知能数理研究分野の中垣俊之教授、越後谷駿特任助教、そして北海道大学CoSTEPの朴炫貞特任講師が登壇します。作品の制作プロセスや、異なる専門領域を持つ人々が協働する中で得られた気づきについて紹介される予定です。アートとサイエンスという異なる分野が交差することで生まれた文化的・知的価値が、トークセッション形式で紐解かれます。普段なかなか聞くことのできない、クリエイティブな発想の裏側や科学的な探求の面白さに触れる貴重な機会となるでしょう。

パネルディスカッションの様子

おしゃべりアート

  • 日時: 2026年2月7日(土)、8日(日)11:00~14:00

  • 集合場所: SCARTSモールA・B(札幌市民交流プラザ1F)

  • 参加: 無料、予約不要、誰でも参加可能(時間内は自由に参加可能)

「おしゃべりアート」は、札幌アートコミュニケーターズによる鑑賞ガイドです。作品をより身近に感じ、自由に楽しむことを目的としています。来場者は、作品を見て感じたことや、疑問に思ったことを自由に話し合い、みんなで共有することができます。アート作品の解釈は一つではありません。他の参加者の意見を聞くことで、新たな発見があったり、自分自身の感じ方が深まったりすることもあるでしょう。アート鑑賞が初めての方や、作品について語り合いたい方にとって、気軽に楽しめるイベントです。

美術館内で人々が展示を囲む様子

展覧会概要

「SCARTS×CoSTEPアート&サイエンスプロジェクト 市原佐都子『肉の上を粘菌は通った』」は、入場無料で誰でも気軽にアートとサイエンスの融合を体験できる貴重な機会です。ぜひこの機会に、札幌文化芸術交流センターSCARTSへ足を運んでみてください。

  • 日時: 2026年1月31日(土)~ 2月11日(水・祝) 10:00~17:00

  • 会場: 札幌文化芸術交流センター SCARTS(SCARTSモールA・B・C、コート、スタジオ)

  • 料金: 入場無料

  • 主催: 札幌文化芸術交流センター SCARTS(札幌市芸術文化財団)、北海道大学CoSTEP、札幌市

  • 協力: 北海道大学 電子科学研究所 知能数理研究分野

  • 後援: 札幌市教育委員会

  • 助成: 令和7年度 文化庁 文化芸術創造拠点形成事業

  • 広報協力: 札幌国際芸術祭(SIAF)

  • イベントページ: https://sapporo-community-plaza.jp/event_scarts.php?num=4734

この展覧会は、アートとサイエンスが手を取り合い、現代社会が直面する生命や健康、そして未来への問いかけに対し、新しい視点と感動をもたらすことでしょう。AI初心者の方も、粘菌という不思議な生物や最先端のAI技術がアート作品の中でどのように表現されているのか、ぜひご自身の目で確かめてみてください。知的好奇心を刺激され、新たな発見があるはずです。

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