アニマルウェルフェアを革新する鶏卵の雌雄判別AI技術が開発
世界中で課題となっているアニマルウェルフェア(動物福祉)の解決に向け、画期的な技術が誕生しました。株式会社 日立ソリューションズ・クリエイト、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)、国立大学法人九州工業大学の3者が共同で、ふ卵(ふか)3日目の鶏卵を傷つけることなく、最高97%という高精度で雌雄を判別する技術を開発したと発表しました。
この新しい技術は、AI(人工知能)を活用した画像認識によって実現され、年間約66億羽にものぼるオスのひよこの淘汰(とうた)という、畜産業界が抱える大きな課題の解決に貢献することが期待されています。
なぜ鶏卵の雌雄判別が必要なのか?アニマルウェルフェアの観点から
アニマルウェルフェアとは
アニマルウェルフェアとは、「家畜を快適な環境で飼養し、家畜のストレスや疾病を減らすことが、安全な畜産物の生産につながる」という考え方です。近年、世界的にこの考え方が重要視されており、欧州連合(EU)をはじめとする多くの国々で、家畜の飼育方法に関する規制が強化されています。
オスのひよこの淘汰という課題
食用卵を生産できるのはメスの鶏だけです。そのため、卵を産まないオスのひよこは、ふ化直後に淘汰されてしまうのが現状です。この数は、世界中で年間約66億羽に達すると推計されています。この大規模な淘汰は、アニマルウェルフェアの観点から大きな問題として指摘されており、解決策が求められていました。
これまでの解決策と新たな挑戦
この課題を解決するため、ふ化する前に卵の段階で雌雄を判別する「卵内雌雄判別技術」の開発が進められてきました。卵内雌雄判別によって、オスの卵はふ化させずに済むため、オスのひよこが生まれて淘汰されることを回避できます。
EUなどでは、痛覚が生じるとされるふ卵13日目よりも前の、ふ卵8~12日目に判別を行う技術がすでに実用化されています。しかし、今回の共同開発では、さらに早い「ふ卵3日目」に、しかも卵を傷つけずに判別するという、より高い水準のアニマルウェルフェア実現を目指した挑戦が行われました。
共同開発の道のり:3つの機関の専門知識を結集
この画期的な技術の開発は、日立ソリューションズ・クリエイトと農研機構が2019年から共同実験・開発を開始し、2023年からは九州工業大学も加わることで、それぞれの専門分野の強みを活かして進められました。
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日立ソリューションズ・クリエイト: 画像認識AI技術の専門知識
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農研機構: 鶏卵に関する生物学的知見
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九州工業大学: 光学技術
これらの異なる分野の専門家が協力することで、複雑な課題解決が可能となりました。
画期的な技術の仕組み:AI、生物学、光学の融合
開発された技術は、主に以下の3つのステップで成り立っています。
1. AIによる雌雄判別の実現
農研機構の研究から、ふ卵の早期(2~6日目)に、胚(ひよこになる前の初期の生命体)とその周辺に雌雄で異なる特徴が現れることがわかっていました。日立ソリューションズ・クリエイトは、この知見を基に、画像認識AIモデルを開発しました。
当初は、卵殻の一部を切除して卵の中を直接撮影し、その画像からAIが雌雄を判別する実験が行われました。この実験を通じて、AIモデルは人間の目では区別できないような、雌雄で異なる微細な特徴を捉えられることが発見されました。
2. ふ卵3日目に、卵を傷つけない雌雄判別を実現
次の大きな課題は、「卵を傷つけずに」判別することでした。日立ソリューションズ・クリエイトと農研機構は、AIモデルの判別実験でふ卵3日目に高い精度で雌雄判別が可能であることを確認した後、卵殻越しでも胚とその周辺が「AIに見える」状態にするための実験を重ねました。
その結果、適切な鶏卵の設置方法と、カメラや光源の配置・撮影方法を見出すことに成功しました。これにより、卵を傷つけることなく、ふ卵3日目という早期に雌雄判別を行う技術が確立されました。(この技術に関連する特許は、日本とアメリカで取得済みです。)
この技術の全体像は以下の図で示されています。

3. 高い判別精度97%を実現する画像処理技術
さらに判別精度を高めるため、鶏卵の撮影画像をより鮮明にするための取り組みが行われました。ここで活躍したのが、九州工業大学の光学技術です。
九州工業大学は、光学的な空間周波数調節という技術を応用し、デジタル写真画像から視界不良の原因となる要素を低減させ、見たい部分を強調する画像処理を行いました。具体的には、鶏卵の撮影画像から、卵殻や表面を覆う膜(クチクラ)といった雌雄判別に不要な情報を削減し、必要な情報を際立たせる処理が施されました。
この処理後の画像を基に、日立ソリューションズ・クリエイトのAI技術が多様な学習データを作成し、さまざまな条件下で高精度に判別できるようAIモデルを生成しました。これにより、最高97%という高い判別精度が実現できることが確認されました。(この技術に関連する特許は、日本で出願中です。)
確認された効果と今後の展望
この共同開発により、ふ卵3日目の鶏卵を傷つけることなく、最高97%の精度で雌雄判別できることが実証されました。これは、世界のアニマルウェルフェアの課題解決に大きく貢献する可能性を秘めています。
今後、日立ソリューションズ・クリエイトは、今回開発した技術を標準モデルとして確立し、ふ卵場ごとの環境特徴に対応したカスタマイズモデルの開発を進める予定です。また、鶏卵業界の企業とのパートナーシップを確立し、本技術の早期実用化を目指していくとのことです。
共同開発に携わった機関について
株式会社 日立ソリューションズ・クリエイト
日立グループのIT企業として、金融、社会インフラ・公共、産業・流通など幅広い分野でITソリューションを提供しています。特にAI技術に注力しており、画像認識AIや生成AIを通じて顧客の課題解決を支援しています。今後も先進テクノロジーの活用を通じて、安心・安全・幸福な未来づくりに貢献していくことを目指しています。
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)
国内最大の農業・食品分野の研究機関であり、「Society 5.0」の実現に向け、食料安全保障、産業競争力強化、生産性向上と環境保全の両立を目指し、育種、栽培、畜産、食品、スマート農業、AI、バイオ技術など多岐にわたる分野で研究開発を推進しています。
国立大学法人九州工業大学
1909年開校の私立明治専門学校を起源とし、「技術に堪能なる士君子」(技術に精通するだけでなく道義心のある人格者)の育成を理念に、優れた技術者を輩出してきました。「九州工業大学ビジョン2040- Impact the Next Industry-」のもと、世界にインパクトを与えるイノベーション創出大学となるべく、取り組みを進めています。
まとめ
日立ソリューションズ・クリエイト、農研機構、九州工業大学が共同開発した、ふ卵3日目に卵を傷つけずに雌雄を判別するAI技術は、アニマルウェルフェアの向上に大きく貢献する画期的なイノベーションです。AI、生物学、光学技術の融合によって実現されたこの高精度な判別技術は、年間数十億羽に及ぶオスのひよこの淘汰を回避し、持続可能な畜産業の実現に向けた重要な一歩となるでしょう。今後のさらなる発展と実用化に期待が寄せられています。

