人工衛星は、地球上の広範囲を一度に観測し、陸地や海上の物体検知、森林火災、農作物の状態など、多岐にわたる情報を収集する重要な役割を担っています。しかし、これまで衛星が取得したデータは、一度地上に送られてから処理・分析されていたため、実際に情報が活用されるまでに数時間もの時間を要していました。この「タイムラグ」は、緊急性の高い状況での迅速な判断を妨げる大きな課題でした。
さらに、小型衛星においては、電力供給源が太陽電池と蓄電池に限られるため、搭載するコンピュータシステムに供給できる電力は通常20W程度以下という厳しい制約があります。これは、スマートフォンを動かす程度の電力であり、高度なデータ処理を行うには非常に困難な条件です。
加えて、宇宙空間には、電子や陽子といった宇宙放射線が飛び交っており、これがコンピュータの誤作動(エラー)を引き起こす可能性があります。このような誤作動は、データの信頼性を損ない、最悪の場合、衛星の運用に支障をきたす恐れもあります。しかし、従来のプログラムでは、このような宇宙放射線による誤作動への対応が十分に考慮されておらず、堅牢なシステムを構築するためのプログラミングは非常に難しいのが現状でした。
これらの課題を解決するため、富士通株式会社と国立大学法人山口大学は、小型衛星上で準リアルタイムの画像処理を実現する「低電力エッジコンピューティング技術」を共同で開発しました。この技術は、宇宙の過酷な環境下でも安定して動作し、限られた電力で高度なデータ処理を可能にする画期的なものです。
小型衛星の常識を覆す!低電力エッジコンピューティング技術の誕生
宇宙でのデータ活用が抱える課題
前述のように、人工衛星が取得したデータを地上で処理する従来の方式では、情報活用までのタイムラグや、小型衛星特有の電力制限、そして宇宙放射線による誤作動のリスクという、いくつかの大きな課題がありました。特に、災害発生時や気象変動の監視など、即時性が求められる場面では、このタイムラグが大きなネックとなっていました。また、宇宙放射線によるエラーは、データの正確性だけでなく、衛星そのものの安定稼働にも影響を及ぼすため、その対策は不可欠です。
富士通と山口大学が開発した画期的な技術の全貌
富士通が長年培ってきたAIやスーパーコンピュータに関するコンピューティング技術と、山口大学が専門とする衛星データ(リモートセンシングデータ)解析技術が融合し、これらの課題を解決する新たな技術が生まれました。その核となるのは、以下の2つの技術です。
誤作動に強い「冗長構成GPU」コンピュータシステム
この技術の中核をなすのは、宇宙放射線による誤作動に極めて高い耐性を持つコンピュータシステムです。通常、コンピュータのプロセッサが一つしかない場合、宇宙放射線によってエラーが発生しても、それに気づくことはできません。そこで、この新技術では、同じ処理を「2つのプロセッサ」に同時に行わせ、その結果を比較することで、エラーの発生を正確に検出します。
「2つのプロセッサで同じ処理をするなら、電力も2倍になるのでは?」と疑問に思うかもしれません。しかし、小型衛星の限られた電力(20W程度)で動作させるためには、消費電力を厳しく管理する必要があります。この技術では、処理内容によって消費電力と処理時間の関係が大きく異なることを利用し、処理ごとにコンピュータとプログラムの動作を細かく制御します。これにより、高い処理性能を維持しつつ、電力制限内に収めることを両立しています。まるで、必要な時だけ最大限の力を発出し、それ以外の時は省エネモードに切り替える賢いシステムと言えるでしょう。
堅牢なプログラムを容易にする「FRSORA」ライブラリ
宇宙放射線によるエラーに対応できるコンピュータシステムを開発しても、そのシステム上で動かすプログラムがエラーに弱ければ意味がありません。そこで開発されたのが、宇宙放射線に対しロバスト(堅牢)なプログラムを簡単に作成できるライブラリ「Fujitsu Research SOft error Radiation Armor」(通称:FRSORA)です。
このFRSORAは、LinuxやPythonといった汎用的なオープンソースソフトウェアを基盤としており、プログラマーが特別な知識を持たなくても、エラー耐性の高いプログラムを効率的に開発できるように設計されています。具体的には、1台のコンピュータでデータ処理を行う基本的なプログラムから、2台のコンピュータによる誤作動検出、さらにはエラー発生時のコンピュータの再起動や再計算機能までを、簡単な手順で実装できるよう、追加機能がフレームワーク的に提供されます。
さらに、エラーが発生した場合の再計算時間を極力短縮するため、「エラー処理効率化技術」も開発されました。これは、計算のジョブ(処理単位)を細かく分割して処理することで、エラーが起きた際に最初からやり直すのではなく、影響範囲の小さい部分だけを再計算できるようにする技術です。これにより、全体の処理時間を大幅に削減することが可能になります。

このFRSORAライブラリは、2026年2月に公開される予定であり、多くの開発者がこの画期的な技術を活用できるようになるでしょう。
SAR衛星での実証!洋上風速を10分以内に算出
開発された低電力エッジコンピューティング技術は、特に演算量の多いSAR(合成開口レーダー)衛星のデータ処理において、その真価を発揮します。
SAR衛星とL1/L2処理の基礎知識
SAR衛星とは、マイクロ波を地表に照射し、その反射波を受信して二次元の画像を生成する衛星です。光学衛星とは異なり、雲や夜間でも地表を観測できるため、気象条件に左右されずに常に地球を監視できるという大きなメリットがあります。
SAR衛星が取得した生データは、そのままでは私たちが見慣れた画像ではありません。これを実用的な情報に変換するためには、以下の2段階の処理が必要です。
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L1処理(生データから画像を生成する処理):これは、SAR衛星が受信したレーダー反射波の様々な情報から、地表の様子を計算し、ピントの合った二次元画像に変換する処理です。生データは「ピントが合っていない画像」のような状態であり、これを「ピントを合わせた画像」に変換する過程は、非常に多くの計算量を必要とします。
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L2処理(画像から物理量を算出する処理):L1処理で得られた画像データに対し、さらに地表や大気に関する情報で補正を加えた後、反射波の状態などから、海上の風速や波の高さといった具体的な物理量を求める処理です。求める物理量によって、様々な解析手法が用いられます。
準リアルタイム処理で洋上風速を算出
富士通と山口大学は、この新技術を搭載した、消費電力20W以下の衛星を模したプロトタイプを用いて、SAR衛星で取得された生データから、L1処理とL2処理という演算量の多いデータ処理を、なんと「10分以内(準リアルタイム)」に完了させることに成功しました。
具体的には、レーダー反射波の強度の時間分布から、圧縮処理、補正処理、そして風速を推定するモデルを適用することで、数百メートル単位で海上の風速を算出することができました。

洋上風速を衛星から準リアルタイムで算出できるようになることで、例えば、風速が高い地点の情報を即座に取得し、船舶へ通知することが可能になります。これは、荒れた海域を避けるための航路決定に役立ち、船舶の安全に大きく貢献すると期待されます。
この技術は、SAR衛星だけでなく、光学衛星やマルチ・ハイパースペクトル衛星など、他の種類の人工衛星にも応用が可能であり、宇宙からのデータ活用をさらに加速させる可能性を秘めています。
今後の展望:宇宙でのAI処理とさらなる高精度化へ
今回の技術開発は、人工衛星データ活用の新たな扉を開くものですが、富士通と山口大学はさらなる進化を目指しています。L2処理のような高精度な解析を行うためには、地上で取得した大気データなど、衛星外の情報が必要となる場合があります。今後は、このような補正処理も衛星上で行えるようにするための研究が進められる予定です。
また、富士通は、人工衛星上で準リアルタイムにAI処理までを行い、より高度な判断を伴う即時性の高い様々なサービスや、衛星運用の高度化を目指します。これに向けて、開発された低電力エッジコンピューティング技術を実際の人工衛星に搭載し、宇宙空間でその有効性を実証する計画です。プログラミングが容易で堅牢な衛星データ処理システムが広く普及するよう、両者は今後も協力して取り組んでいくとのことです。
この技術が実用化されれば、私たちの地球観測のあり方、そして宇宙データの活用方法が大きく変わることでしょう。災害監視の迅速化、気象予報の精度向上、資源探査の効率化など、多岐にわたる分野でその恩恵を受けることが期待されます。
お問い合わせ
本件に関する詳細は、富士通株式会社へお問い合わせください。
- 富士通株式会社 お問い合わせフォーム: https://contactline.jp.fujitsu.com/customform/csque04802/873532/
関連リンク
- 富士通株式会社 グローバルサイト ニュースリリース: https://global.fujitsu/ja-jp/pr/news/2025/11/27-01

