導入:製造業の未来を拓く、遠隔AI外観検査の挑戦
現代の製造業は、大きな変革期を迎えています。特に、製品のバリエーションが増え続ける一方で、品質を保つための熟練工の確保が難しくなり、人手に頼る外観検査の限界が顕著になっています。さらに、複数の工場を持つ企業では、それぞれの工場で検査の品質にばらつきが生じやすく、全体の品質管理が大きな課題となっています。
これらの課題を解決するために、AI(人工知能)を活用した外観検査が注目されています。AIを使えば、製品の不具合を自動で検知し、検査の精度とスピードを大幅に向上させることが可能です。しかし、高精度なAI外観検査システムを導入するには、各工場に高性能なAI基盤やサーバーを設置する必要があり、多額の設備投資や運用コストがかかるという問題がありました。
また、工場から離れたデータセンターにAI基盤を集約しようとすると、従来のネットワークではデータの送受信に遅延や「ゆらぎ」(通信速度の不安定さ)が発生し、リアルタイムでのAI活用、特にロボット制御を伴うような精密な作業への応用は困難でした。
このような背景の中、日東工業株式会社、NTT西日本株式会社、NTTドコモビジネス株式会社の3社は、最先端のネットワーク技術である「IOWN APN」と、画像認識AI「Deeptector®」を組み合わせることで、これらの課題を乗り越える画期的な共同実験に成功しました。約300kmも離れた工場で、まるでその場にあるかのようにAIがリアルタイムで外観検査を行い、ロボットを制御するという、まさに製造業の未来を切り拓く取り組みです。この成功は、工場運営の効率化と品質の統一化に大きく貢献するものと期待されています。
IOWN APNとは?「大容量・低遅延・ゆらぎゼロ」が実現する未来のネットワーク
今回の共同実験の成功に不可欠だったのが、NTTが提唱する「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想」の主要技術である「APN(All-Photonics Network)」です。
IOWN構想とは
IOWN構想(※1)は、光技術をあらゆる情報処理と通信に活用することで、超高速・大容量の通信と膨大な計算リソースを可能にする、次世代のネットワーク・情報処理基盤のコンセプトです。この構想の実現により、私たちの社会はよりスマートで持続可能なものに進化すると考えられています。
APN(All-Photonics Network)とは
APN(※2)は、IOWN構想を支える中心的な技術の一つで、ネットワークの「端から端まで」を光(フォトニクス)技術でつなぐことを目指しています。これにより、従来の電気信号に変換する過程で生じていた遅延や電力消費を最小限に抑え、以下のような革新的な特徴を実現します。
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大容量: 膨大なデータを瞬時に送受信できる能力。
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低遅延: データが送られてから届くまでの時間が極めて短いこと。ミリ秒単位の遅延も許されないリアルタイム制御に不可欠です。
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ゆらぎゼロ: 通信速度や品質が非常に安定していること。予測不可能な通信の変動がないため、精密な作業でも安心して利用できます。
従来のネットワークでは、工場とデータセンターが遠く離れている場合、どうしても遅延や通信の不安定さ(ゆらぎ)が発生し、リアルタイム性が求められるAI外観検査には不向きでした。しかし、APNの「大容量・低遅延・ゆらぎゼロ」という特徴は、この課題を根本的に解決します。これにより、工場内のデータを遠隔のデータセンターに集約し、そこでAIによる高度な解析を行っても、まるでAIが工場内に設置されているかのような高速かつ安定した運用が可能になるのです。
今回の共同実験では、NTT西日本が提供する「All-Photonics Connect powered by IOWN」(※7)と、NTTドコモビジネスが提供する「docomo business APN Plus powered by IOWN」(※8)が活用されました。これらは、APN技術を取り入れた高速・大容量・低遅延の通信サービスであり、今回の遠隔AI外観検査の実現に貢献しました。
画像認識AI「Deeptector®」の力:製品の不具合を瞬時に見抜く
共同実験で活用されたもう一つの重要な技術が、NTTドコモソリューションズ株式会社の登録商標である画像認識AI「Deeptector®」(※5)です。
Deeptector®は、まるで熟練の検査員のように、製品の細かな傷や汚れ、形状の異常などを画像データから自動で識別するAIです。人間では見落としがちな微細な不具合も検知し、その種類や位置をリアルタイムで特定する能力を持っています。
工場での外観検査では、ベルトコンベアを流れる大量の製品を、高速で正確に検査する必要があります。Deeptector®のような画像認識AIは、この要求に応えるために開発されており、製造ラインの品質管理において重要な役割を果たします。
300kmの距離を超えた画期的な共同実験の詳細
今回の共同実験は、日東工業株式会社の静岡県にある掛川工場(※3)と、約300km離れた関東のデータセンターをIOWN APNで接続して行われました。この距離は、従来のネットワークではリアルタイム性が課題となる距離です。
実験の具体的な流れ
この取り組みでは、以下の2つの主要なステップが実施されました。
- 画像データ伝送によるAI判定: 掛川工場の生産ラインを流れる製品をラインカメラで撮影し、その高解像度画像をIOWN APNを通じて瞬時に約300km離れた関東のデータセンターへ伝送しました。データセンターでは、画像認識AI「Deeptector®」がこの画像データをリアルタイムで解析し、製品の不具合箇所や種類を正確に特定します。
- AI外観検査結果データの伝送とロボット制御: Deeptector®が不具合を判定した後、その結果(不具合の有無や不具合箇所の座標データ)は、再びIOWN APNを通じて掛川工場にリアルタイムで送り返されます。工場では、この情報に基づいて産業用ロボットが制御され、不具合箇所にシールを貼り付けるといった具体的な処理が実行されます。
この一連のプロセスは、ネットワークの遅延やゆらぎをほとんど感じさせない速度と品質で実現されました。これは、IOWN APNの持つ「大容量・低遅延・ゆらぎゼロ」という特徴が最大限に活かされた結果と言えます。
実験のイメージは以下の図の通りです。

また、この取り組みでは、通信機器を収容するために日東工業が提供する高発熱IT機器を冷却可能なクーラー実装型サーバーラック「Rei Rack」(※6)が活用されました。これにより、通信機器の安定稼働が支えられました。
この共同実験の成果は、2025年11月19日から26日に開催された「NTT R&D FORUM 2025」の「IOWN×スマートファクトリー」展示ブースでも紹介されました。(※4)
「NTT R&D FORUM 2025 IOWN∴Quantum Leap」公式サイト
驚きの評価結果:ローカル環境と同水準の高速・高品質を実現
今回の共同実験では、期待を上回る素晴らしい評価結果が得られました。
ネットワーク遅延が外観検査要件に影響しないことを確認
最も重要な成果の一つは、画像認識AIが工場外のデータセンターに遠隔配置されても、IOWN APNの活用により、ネットワークの遅延時間が日東工業が求める外観検査の厳しい要件に全く影響を与えないことが確認された点です。これは、約300kmという距離があっても、まるでAIが工場内に設置されているかのようなリアルタイムな検査が可能であることを意味します。
検査員の負担軽減への効果
日東工業では、1日に1000点を超える膨大な数のパーツや製品の外観検査を実施しています。これまでは多くの検査員が目視で確認していましたが、画像認識AIを導入することで、AIが判定基準に合致しない(不具合がある可能性のある)パーツや製品だけを検出し、その部分のみ検査員が目視で最終確認する、という効率的な運用が可能になります。これにより、検査員の目視確認の負担が大幅に軽減され、より重要な業務に集中できるようになるという効果が期待されます。
運用効率化と複数工場の検査品質統一化への貢献
IOWN APNによって、遠隔にある監視運用拠点に工場内のデータとAI基盤を集約できるようになったことも大きな成果です。これにより、監視運用拠点から、複数の工場の設備状況や外観検査の結果をリアルタイムで確認し、システム運用を一元的に行うことが可能になります。これは、以下のようなメリットをもたらします。
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運用効率化: 各工場に個別にAI基盤を設置・運用する手間とコストが削減されます。また、問題発生時にも遠隔から迅速に対応できるようになります。
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複数工場の検査品質統一化: 全ての工場で同じAI基盤と検査基準を用いることで、工場ごとの検査品質のばらつきをなくし、高品質な製品を安定して供給できるようになります。
これらの評価結果は、製造業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)を強力に推進し、スマートファクトリーの実現に大きく貢献する可能性を示しています。
各社の専門性が結集:共同実験における役割分担
今回の画期的な共同実験は、3社の専門知識と技術が結集して初めて実現しました。それぞれの企業が果たした役割は以下の通りです。
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日東工業株式会社: 実証の舞台となる掛川工場とデータセンターの環境を提供しました。また、光の反射に強く、微細な傷も鮮明に撮像できるラインカメラの選定を行い、遠隔からのAI外観検査やロボットアームによるシール貼付工程の外観検査要件に基づいた評価を担当しました。日東工業の製造現場での知見が、実用的なシステム構築に不可欠でした。
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NTT西日本株式会社: IOWN構想に基づくネットワークサービスである「All-Photonics Connect powered by IOWN」を提供し、静岡県内のIOWN APN構成の検討を担当しました。地域における光ネットワークの構築と運用に関する深い専門知識が活かされました。
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NTTドコモビジネス株式会社: 同じくIOWN構想に基づくネットワークサービス「docomo business APN Plus powered by IOWN」を提供し、県間(関東と静岡)を接続するIOWN APN構成の検討を担当しました。広域にわたる高速・大容量ネットワークの設計と提供において中心的な役割を担いました。
これらの役割分担により、各社が持つ強みを最大限に発揮し、今回の成功を導き出しました。
今後の展望:AI外観検査の対象拡大と実生産ラインへの適用へ
今回の共同実験で得られた貴重な知見と成功体験を基に、日東工業、NTT西日本、NTTドコモビジネスの3社は、今後のさらなる展開を計画しています。
AI外観検査の対象製品の拡大
まずは、AI外観検査の対象となる製品の種類を増やしていく予定です。今回の成功は特定の製品での実証でしたが、これを他の製品にも応用することで、工場全体の検査プロセスをさらに効率化し、より多くの製品で品質向上を目指します。
データセンターと接続する工場拠点の拡大
次に、今回接続した掛川工場だけでなく、他の工場拠点もデータセンターとIOWN APNで接続していくことを目指します。これにより、複数の工場間でAI基盤を共有し、遠隔から一元的に管理・運用する体制を確立することで、企業全体の生産性向上と品質の統一化をさらに加速させることが期待されます。
実生産ラインへの適用
最終的には、今回の実証実験で確立されたAI外観検査システムを、実際の生産ラインに適用することを目指しています。これは、単なる実験段階で終わらせず、実際の製品製造の現場で恒常的に稼働させることを意味します。実生産ラインへの適用が実現すれば、製造業の現場に大きな変革をもたらし、日本の産業競争力強化にも貢献することでしょう。
各社は、今後も連携を強化し、IOWN APNとAI技術の融合を通じて、スマートファクトリーの実現と製造業のさらなる発展に貢献していく方針です。
まとめ:IOWN APNとAIが拓く、製造業の新たな可能性
日東工業、NTT西日本、NTTドコモビジネスによる今回の共同実験は、IOWN APNの「大容量・低遅延・ゆらぎゼロ」という画期的なネットワーク技術と、高精度な画像認識AI「Deeptector®」の融合が、製造業の未来を大きく変える可能性を明確に示しました。
約300km離れた工場でも、ローカル環境と遜色ない速度と品質でAI外観検査とロボット制御が実現できることは、製造業が長年抱えてきた熟練工不足や品質ばらつきといった課題に対する強力な解決策となります。工場ごとのAI基盤設置・運用コストの削減、検査員の負担軽減、そして複数工場間での検査品質の統一化といった多大なメリットが期待されます。
AIとネットワーク技術の進化は、私たちの想像を超えるスピードで進んでいます。今回の成功は、スマートファクトリー化を加速させ、日本の製造業が国際競争力を高める上で極めて重要な一歩となるでしょう。これからも、このような革新的な技術の発展と、それが社会にもたらす恩恵に注目していきましょう。
IOWN APNとAIが拓く製造業の新たな可能性は、まだ始まったばかりです。今後のさらなる展開に期待が高まります。

