AIが難病『網膜色素変性症』の数年後視力を予測!千葉大学が眼底写真深層学習モデルを開発
遺伝性の指定難病で、進行すると失明に至る可能性のある「網膜色素変性症(Retinitis Pigmentosa、以下RP)」。この病気にかかる患者さんは、視機能が徐々に低下していくため、その進行を予測し、適切なタイミングで治療やケアを始めることが非常に重要です。
このような背景の中、千葉大学大学院医学研究院の馬場 隆之教授、川上 英良教授らの研究グループは、AI(人工知能)を活用した画期的な方法を開発しました。彼らが開発したのは、眼底写真という目の奥の画像を使い、RPの診断や、将来の視力低下を予測する深層学習モデルです。この技術は、RPの患者さんの視力を守るための新たな道を開くものとして、大きな期待が寄せられています。
網膜色素変性症とは?その現状と課題
網膜色素変性症(RP)は、目の奥にある「網膜」という光を感じる部分の細胞が徐々にダメージを受け、視機能が低下していく遺伝性の病気です。日本国内だけでも推定3万人以上の患者さんがいるといわれています。
この病気にかかると、初期には暗い場所で見えにくくなる「夜盲症」の症状が現れ、次第に視野が狭くなる「視野狭窄」や「視力低下」へと進行します。最終的には失明に至るケースもあります。しかし、病気の進行速度や重症度は人によって大きく異なり、予測が難しいという特徴があります。
現在のところ、RPに対する根本的な治療法は確立されていません。そのため、症状を和らげるための対症療法や、「ロービジョンケア」と呼ばれる、残された視機能を最大限に活用するための支援が行われています。特にロービジョンケアは、視機能が大きく低下する前に始めることで、その効果を最大限に引き出すことができると考えられています。
なぜ「予後予測」が重要なのか
RPの進行速度には個人差が大きいため、「この患者さんは数年後にどのくらい視力が低下するだろうか」という予後(病気の今後の見通し)を予測することは、非常に難しい課題でした。しかし、もし将来の視力低下を事前に知ることができれば、患者さん一人ひとりに合わせた最適なタイミングで治療やロービジョンケアを開始できるようになります。これにより、患者さんの生活の質(QOL)を向上させ、視力喪失の進行を少しでも遅らせることが可能になるのです。
これまでの医療現場では、中長期的な視力予後を正確に予測する手段が限られていたため、この課題を解決する新しい技術が求められていました。
AIが視力予測を可能に!画期的な研究成果
千葉大学の研究グループは、このRPにおける予後予測の課題に対し、AIの「深層学習」という技術を用いて挑みました。
深層学習とは?
深層学習は、AI(人工知能)の一種で、人間が物事を学ぶように、大量のデータの中から自動でパターンや特徴を見つけ出す技術です。例えば、たくさんの猫の画像を見せることで、AIは「猫」がどのようなものかを学習し、新しい画像が猫かどうかを判断できるようになります。医療分野では、病気の画像データなどを学習させることで、病気の診断や予測に役立てられています。
大規模な眼底画像データを活用
研究グループは、まず、RPの診断に役立つAIモデルを作るために、既存の「大規模深層学習モデル」をベースに検討を進めました。大規模深層学習モデルとは、すでに多くの画像データを学習して高い性能を持つAIの「ひな形」のようなものです。今回は4種類のモデルを比較し、その中で最も優れた診断精度を示した「EfficientNetB4(エフィシェントネットビーフォー)」というモデルを、診断と予後予測の両方に採用しました。
EfficientNetB4は、医療画像解析の分野で、病気に関わる非常に細かい特徴を効率よく捉えることができるため、様々な研究で広く使われているモデルです。

高い診断精度と数年後の視力予測を実現
研究では、千葉大学医学部附属病院で過去に収集された、個人が特定されない形の眼底写真データと視力の時系列データが学習に用いられました。具体的には、診断モデルの学習には252名の患者さんの496眼のデータが、予測モデルの学習には179名の患者さんの334眼のデータが使われました。
その結果、AIによるRP診断は非常に高い精度を達成しました。
- RP診断の精度(AUC): 0.94
ここでいう「AUC(エーユーシー)」とは、AIモデルの分類の正確さを示す指標の一つです。0から1の値をとり、1に近いほど分類が正確で、病気を識別する能力が高いことを意味します。0.94という数値は、RPの診断においてAIが非常に高い能力を持っていることを示しています。
熟練した眼科医であっても、眼底画像から診断の根拠となる微細な変化を見つけ出すことは難しい場合があります。そのため、このAI診断モデルは、医師によるRP診断を強力にサポートするツールとして、今後の医療現場での活躍が期待されます。
さらに、この研究の最大の成果は、RP患者さんの将来の視力低下を予測できるようになったことです。
- 視力予後予測の精度(平均時間依存性AUC): 0.82
AIは、眼底写真が撮影されてから500日後から1,400日後(約1年半から4年弱)の間に起こる視力低下を、安定して高い精度で予測できることを示しました。ここで使われた「時間依存性AUC分析」とは、将来の病気の発症やイベントが起こるまでの時間を予測する際に、時間の経過も考慮して予測精度を評価する、より高度な分析手法です。
これまで、RP患者さんの視力が将来どのように変化するかを予測することは極めて困難でした。しかし、深層学習を用いたこの予後予測モデルは、RP患者さんの視力の将来を予測する初めての試みであり、患者さん一人ひとりの予後に合わせた早期の治療や支援を実現するための重要な一歩となります。
AIが注目する網膜領域の可視化
研究グループは、AIが診断や予測を行う際に、眼底画像のどの部分に注目しているのかを「ヒートマップ」という形で可視化しました。ヒートマップは、データの「強さ」や「重要度」を色の濃淡で表現する図のことで、AIが画像を判断する際に特に重視した領域が、色の濃い部分として表示されます。
この分析により、AIがRPの診断を行う際と、視力低下を予後予測する際とで、注目する網膜の領域が異なることが明らかになりました。診断時には、主に「視神経乳頭部」や「色素沈着領域」に注目していたのに対し、予後予測時には「黄斑周辺」や「網膜血管沿い」といった領域、そしてやはり「色素沈着領域」にも注目していることが分かりました。
AIの判断根拠が可視化されることで、モデルの信頼性が向上するだけでなく、RPによる視力低下の病態メカニズム(病気がどのように進行するかの仕組み)を解明するための新たな医学的知見につながることも期待されています。
今後の展望と医療への貢献
今回開発されたRP患者さんの視力予後予測モデルは、今後のRP診療に大きな変革をもたらす可能性を秘めています。
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早期治療介入の実現: 早期に視力喪失が予想される患者さんに対して、より迅速な治療介入や、ロービジョンケアの開始時期を最適化できるようになります。これにより、患者さんの視機能をより長く維持し、生活の質の向上に貢献することが期待されます。
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医師の意思決定支援: 医師が患者さんの将来の見通しをより正確に把握し、治療方針を決定する際の強力なサポートツールとなります。
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病態メカニズムの解明: AIが推論の根拠とした領域が可視化されたことで、RPによる中長期的な視力低下のメカニズムについて、新たな医学的発見につながる可能性も出てきました。
ただし、今回の成果は単一の医療機関で収集されたデータに基づいています。そのため、この技術を実際の医療現場で広く応用していくためには、今後、さらに多様な患者さんのデータや、複数の医療機関から得られたデータを用いて、その有効性を検証していく必要があります。研究グループは、この検証作業を積極的に進めていく予定です。
この研究は、AI技術が難病の診断と治療計画にどのように貢献できるかを示す重要な事例であり、RP患者さんの未来に希望をもたらすものとして、その進展が注目されます。
用語解説
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EfficientNetB4(エフィシェントネットビーフォー): 画像解析に使われる深層学習モデルの一種です。医療画像を分析する際に、病気に関わる非常に細かい特徴を効率よく見つけ出す能力が高いため、特に研究分野で広く活用されています。
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時間依存性AUC分析(じかんいぞんせいエーユーシーぶんせき): 将来、ある病気の発症やイベントが起こるまでの時間を予測するモデル(生存時間解析モデル)の予測精度を評価する分析手法です。時間の経過を考慮して、予測がどれだけ正確かを判断します。
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AUC(Area Under the Curve、エーユーシー): 機械学習モデルが、あるものを正しく分類できる能力を示す指標の一つです。値は0から1の範囲で、1に近いほどモデルの分類が正確で、識別能力が高いことを表します。
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ヒートマップ: データの「強さ」や「重要度」を、色の濃淡や色の違いで視覚的に表現する図のことです。この研究では、AIが眼底画像のどの部分を特に重視して診断や予測を行ったのかを、色の濃淡で分かりやすく示しています。
論文情報
本研究成果は2026年1月8日に、国際科学誌npj Digital Medicineでオンライン公開されました。
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タイトル: Leveraging large scale deep learning models for diagnosis and visual outcome prediction in retinitis pigmentosa
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著者: Tatsuya Nagai, Koya Homma, Yuto Kawamata, Masahito Yoshihara, Eiryo Kawakami, Takayuki Baba
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雑誌名: npj Digital Medicine
倫理指針の遵守
本研究は、千葉大学医学部附属病院の臨床研究倫理審査委員会の承認のもと、厳格な倫理指針に則って実施されました。

