AIが保守業務を革新!松尾研究所とオムロンFEが共同開発したAI判定モデルで属人化を解消し、現場DXを加速
現代社会において、人々の生活を支える社会インフラの保守・点検業務は非常に重要です。しかし、これらの業務は熟練した技術と経験を要することが多く、「この人しかできない」といった属人化の問題や、労働人口の減少による人手不足に直面しています。このような課題を解決するため、最先端のAI技術が大きな期待を集めています。
この度、株式会社松尾研究所とオムロンフィールドエンジニアリング株式会社(以下、OFE)は、共同で画期的なAI判定モデルを開発しました。このモデルは、これまで人の目と経験に頼っていた保守業務の一部をAIが自動で判断することで、業務の効率化と品質向上を同時に実現します。2025年10月からはすでに本格導入が始まっており、実運用において89%という高いAI精度を達成するなど、その効果が実証されています。

なぜ今、保守業務のDXが必要なのか?人手不足と属人化の課題
鉄道や金融システムといった社会インフラは、私たちの生活に欠かせないものです。これらの設備が安全に、そして安定して稼働し続けるためには、定期的な保守・点検が不可欠です。OFEは長年にわたり、そうした社会インフラの保守運用を担い、高品質なサービスを提供してきました。
しかし、近年、日本社会全体で労働人口の減少が進んでおり、保守・点検業務の現場でも例外なく人手不足が深刻化しています。特に、熟練の技術者が長年の経験で培った「勘」や「ノウハウ」に頼る部分は、若手への技術継承が難しく、特定の個人に業務が集中してしまう「属人化」という問題を引き起こします。
属人化が進むと、その人がいなければ業務が滞ったり、品質にばらつきが生じたりするリスクが高まります。また、点検後の写真確認作業のような重要なダブルチェック工程は、これまで多くの時間と労力を人手に頼ってきました。これらの課題を解決し、限られたリソースで高品質なサービスを維持するためには、最新のデジタル技術を活用した業務改革、すなわち「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が喫緊の課題となっています。
松尾研究所とOFEの共同開発:現場の知見と先端AIの融合
このような背景の中、松尾研究所とOFEは共同で、現場の課題を解決するためのAI判定技術の開発に着手しました。松尾研究所は、生成AIや画像認識といった最先端のAI技術に強みを持つ研究機関であり、OFEは社会インフラの保守業務で培ってきた豊富な現場知見とノウハウを有しています。
この共同開発の目的は、両社の強みを融合させ、特に属人性が高く作業負荷の大きい「設置機器の設定値(大量の文字情報)の照合作業」をシステム化することでした。これまでは、点検員が撮影した写真に写る機器の設定値が、マニュアルに記載された正しい値と一致しているかを、人の目で一つひとつ確認していました。この作業は、集中力と正確性が求められ、非常に手間がかかるものでした。
共同開発により、この人手に頼っていた判断プロセスをAIでシステム化することで、省リソースでありながら高品質な保守業務を実現する基盤が構築されました。これにより、作業員の負担軽減、ヒューマンエラーの削減、そして業務全体の効率化が期待されています。
AI判定モデルの技術的特徴:人の判断プロセスをAIで再現
今回開発されたAI判定モデルの最大の特徴は、単なる画像認識を超え、人がマニュアルを参照しながら行うような複雑な「意味的判断」をAIが再現できる点にあります。これまでの一般的なAIによる外観検査は、傷や汚れといった画像パターンを認識するものが主流でした。しかし、設置機器の設定値のような「文字情報」を読み取り、それが正しいかどうかを「意味的に判断」することは、従来の画像認識だけでは困難でした。
この高度な判断を実現するために、松尾研究所のAI技術を基盤として、以下の3つの主要な技術が組み合わされています。
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OCR(文字認識)による文字情報の抽出
OCRとは「Optical Character Recognition」の略で、画像の中にある文字を認識し、デジタルデータとして抽出する技術です。点検現場で撮影された写真には、機器の型番、設定値、表示内容など、さまざまな文字情報が含まれています。このOCR技術を用いることで、AIは写真の中から必要な文字情報を正確に読み取ることができます。まるで、人が写真を見て文字を書き出す作業をAIが代わりに行うようなものです。 -
LLM(大規模言語モデル)による意味理解と正誤判定
LLMとは「Large Language Model」の略で、ChatGPTに代表されるような、大量のテキストデータを学習して人間のように自然な言葉を理解し、生成できるAIモデルです。OCRで抽出された文字情報は、このLLMに送られます。LLMは、あらかじめ学習した保守マニュアルや規定に基づいて、抽出された設定値が正しいかどうかを判断します。例えば、「この機器の設定値は『2.5A』であるべきだが、写真では『2.0A』と表示されている」といったように、意味を理解した上で正誤を判定します。これは、熟練の点検員がマニュアルを読み込み、写真と照らし合わせて判断するプロセスをAIが模倣していると言えます。 -
Chain-of-Thought(推論過程の可視化)による判断理由の提示
AIが「正しい」「間違い」と判断するだけでなく、その判断に至った理由を明確に提示する技術がChain-of-Thoughtです。これは、AIがどのような思考プロセスを経て結論に至ったのかを段階的に可視化するもので、人がAIの判断結果を信頼し、活用するためには非常に重要な要素です。例えば、「この設定値はマニュアルの〇ページに記載されている基準値と一致しないため、誤りである」といった具体的な理由が示されます。これにより、現場担当者はAIの判断が妥当であるかを納得した上で、次の行動に移ることができます。AIの判断がブラックボックスにならず、透明性が保たれることで、現場での導入がスムーズに進み、信頼性が向上します。

この図は、写真から文字情報を抽出し(OCR)、LLMが判定基準に基づいて内容を評価し、その判定結果と理由を出力する一連のプロセスを示しています。このように、人の判断プロセスをAIで再現することで、属人性の高い業務のシステム化が実現しました。
実運用で確認された高い効果と本格導入
開発されたAI判定モデルは、社内現場で約4か月間にわたる効果検証が行われました。その結果、以下のような高い成果が確認されています。
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AI判定回数:8332件
これは、AIが実際に8332回もの点検写真の判定を行ったことを示しています。この数だけでも、これまで人手で行っていた作業の量がどれだけ膨大であったかが分かります。 -
AI精度:89%
AI精度とは、AIが出力した結果が、あらかじめ定義された正しいデータとどの程度一致しているかを示す指標です。89%という数値は、AIがほとんどのケースで正確な判断を下せることを意味し、実際の業務で十分に活用できるレベルの精度であることが実証されました。これは、現場業務における実用性の高さを示すものです。 -
システムエラー率:0.2%
システムエラー率とは、AIシステムが正常に動作しなかった割合を示す指標です。通信障害や処理の停止、結果が出力されないといったシステム側の不具合が、わずか0.2%であったことは、本システムが非常に高い安定性で稼働していることを示しています。安定したシステムは、現場での継続的な利用を可能にし、業務中断のリスクを低減します。
これらの結果から、このAIシステムが実業務に耐えうる精度と安定性を備えていることが確認されました。そして、2025年10月より、特にAI適用効果の高い点検業務を中心に、優先的な導入が開始されています。現場での利用にあたっては、実際の作業で使用する点検画像を用いた事前検証が行われた上で運用されており、AI活用による作業効率化だけでなく、人手作業では避けられない見落としリスクの低減など、品質向上にも大きく貢献しています。
今後の展望:持続可能な社会インフラの実現に向けて
松尾研究所とOFEは、今回の共同開発を足がかりに、今後も先端AI技術への積極的な投資と研究開発を継続していく方針です。これにより、保守運用現場のDX推進と作業品質のさらなる向上を目指します。
労働力不足が社会全体で進む中で、省リソースでありながら高品質を維持できる次世代の保守運用モデルを構築することは、非常に重要です。両社は、このAI技術を通じて、安全で持続可能な社会インフラの提供に貢献していくことを目標としています。
オムロンフィールドエンジニアリング株式会社について
オムロン フィールドエンジニアリング株式会社は、オムロン株式会社のグループ会社として、製造、流通、鉄道・道路交通、金融、ICTネットワーク、再生可能エネルギーなど、幅広い分野で機器やシステムの運用・保守・設計施工を手がけています。全国にサービス拠点を持ち、「温もりのあるサービス」を通じて持続可能な社会づくりに貢献しています。
株式会社松尾研究所について
株式会社松尾研究所は、国立大学法人 東京大学大学院 工学系研究科 松尾・岩澤研究室と連携し、大学を中心としたイノベーションを創出する「エコシステム」の構築と発展を目指して設立されました。アカデミアから生まれる研究成果や技術の「開発・実装」を行い、社会への普及を通じて日本の産業競争力向上に貢献しています。
共同研究・共同開発をご検討の皆さまへ
松尾研究所では、アカデミアの研究知見を基盤に、戦略設計から開発・実装、人材育成までを一貫して支援しています。AIを活用した新規事業創出、既存事業の変革、生成AIの業務実装、AIプロダクトの共同開発などにご興味のある企業は、ぜひお問い合わせください。
まとめ:AIが拓く未来の保守業務
今回の松尾研究所とオムロンフィールドエンジニアリングによるAI判定モデルの開発は、保守業務における長年の課題であった属人化と人手不足に、AIという強力な解決策をもたらしました。OCRによる文字認識、LLMによる意味理解、そしてChain-of-Thoughtによる推論過程の可視化という高度な技術を組み合わせることで、AIは人の判断プロセスを再現し、実運用で高い精度と安定性を発揮しています。
このシステムは、単に業務を効率化するだけでなく、見落としリスクの低減による品質向上にも貢献し、社会インフラの安全と信頼性をさらに高めることでしょう。AI技術の進化は、私たちの想像を超えるスピードで社会を変革しています。今回の事例は、AIが特定の専門業務において、いかに強力なパートナーとなり得るかを示す好例であり、今後さらに多くの分野でのDX推進に繋がっていくことが期待されます。AI初心者の方も、この事例を通じてAIが身近なところでどのように役立っているかを感じていただけたのではないでしょうか。AIが拓く未来の保守業務に、引き続き注目していきましょう。

