はじめに:農業の未来を切り開くスマート農業
日本の農業は、高齢化や労働力不足といった深刻な課題に直面しています。特に、広大な土地を管理し、高品質な作物を安定的に生産するには、多くの時間と労力が必要です。しかし、近年、AI(人工知能)やドローンといった最先端技術の進化により、これらの課題を解決する「スマート農業」が注目を集めています。
北海道仁木町にあるNIKI Hills Wineryでは、このスマート農業をいち早く導入し、画期的な実証実験を進めてきました。このプロジェクトは、ドローンとAIの力を借りて、ブドウ畑の巡回や確認にかかる時間を大幅に削減し、農業の効率化と持続可能性を高めることを目指しています。AI初心者の方にもわかりやすいように、この先進的な取り組みの全貌を詳しくご紹介します。
NIKI Hills Wineryが直面した課題:広大な畑の維持管理
NIKI Hills Wineryは、北海道の豊かな自然の中で、シャルドネやピノ・ノワールといった世界に誇る高品質なワイン用ブドウを約6.8ヘクタールという広大な畑で栽培しています。美味しいワインを作るためには、ブドウの生育状況を常に把握し、病害虫の発生を早期に発見して適切な対策を講じることが非常に重要です。
しかし、これほどの広大な畑を人の手だけで管理するには、計り知れない時間と労力がかかります。特に、病害虫は早期発見が肝心ですが、広範囲をくまなく巡回し、細かな異変を見つけることは容易ではありませんでした。従来の管理方法では、農業従事者の経験と勘に頼る部分が大きく、より精密で効率的な管理が求められていました。
スマート農業実証実験のパートナーと「VMS」の誕生
NIKI Hills Wineryは、この課題を解決するため、複数のパートナー企業と協力し、スマート農業の実証実験を開始しました。このプロジェクトの核となったのは、AIを活用した農業ソリューションを開発する韓国のテクノロジー企業「DeepVisions」と、プロジェクト全体の企画・調整を担う「NAVER J.Hub Corporation」です。
2024年、これらの企業は共同で「Vineyard Management System(VMS)」を企画・開発しました。VMSの目的は、農業従事者の長年の経験と勘に加えて、最新のテクノロジーによるデータ分析を組み合わせることで、より精密で効率的なブドウ栽培を実現することです。このシステムは、2025年4月から11月にかけて、NIKI Hills Wineryの実際の畑で実証実験が行われました。
ドローンとAIが変えるブドウ畑の管理:実証実験の具体的な内容
ドローンによる自動撮影とAI画像解析
VMSの中核をなすのは、ドローンによる圃場(ほじょう:農作物を育てる場所)の自動撮影と、AIによる画像解析です。ドローンが広大なブドウ畑を定期的に飛行し、高解像度の画像を自動で撮影します。撮影された膨大な画像データは、その後AIに送られ、ブドウの生育状況や病害虫の発生をリアルタイムで解析します。これにより、人の目では見落としがちな細かな変化も、AIが正確に捉えることが可能になります。
この実証実験は、平らではない露地や傾斜地といった厳しい環境、そして6.8ヘクタールもの広大な実際の畑で行われました。このような過酷な条件下で、位置情報や病害虫の認識を高精度で実現しようとした事例は、世界的にも非常に珍しいとされています。
「オルソマップ」で病害虫を正確に特定
AIがドローン画像を解析する際に活用されるのが「オルソマップ」です。オルソマップとは、上空から撮影された写真の歪みや位置のズレを補正し、まるで地図のように真上から見た正しい大きさ・位置で表示される画像のことです。このオルソマップ上に、AIが検出した病害虫の発生箇所が正確に表示されます。
例えば、「灰色かび病」や「マグネシウム欠乏」といったブドウの病気や栄養不足の兆候をAIが自動で検出し、その場所をオルソマップ上で示すことで、作業者はどこに問題があるのかを視覚的に、そして具体的に把握できます。これにより、広範囲に農薬を散布するのではなく、問題のある箇所にピンポイントで農薬を散布することが可能になり、年間を通じた農薬使用量の削減が期待されます。これは環境への負荷を減らすという点でも大きなメリットです。
データ連動型の農業日誌
VMSには、日々の作業内容を記録する「データ連動型農業日誌」機能も搭載されています。農薬の散布履歴や施肥(肥料を与えること)、その他の作業内容をカレンダー形式で簡単に入力し、管理することができます。これらのデータは蓄積され、翌年以降の栽培計画を立てる際に貴重な情報源となります。過去のデータに基づいて、より効果的な栽培戦略を練ることができ、農業の経験値をデータとして「見える化」する役割を果たします。
AI性能の高度化
実証実験を通じて収集された膨大な画像データは、AIの「学習」に利用されます。AIは、より多くのデータを見ることで、病害虫の検出精度をさらに向上させることができます。特に、畑の中で影になりやすい部分など、これまで認識が難しかった箇所も正確に識別できるよう、ガンマ補正といった画像の前処理技術が適用されています。これにより、AIはより賢く、より正確にブドウ畑の状況を判断できるよう進化し続けています。
驚異の業務削減効果:82%の時間短縮を実現
このスマート農業実証実験の最も注目すべき成果の一つは、作業時間の大幅な削減です。人が広大なブドウ畑を歩いて巡回し、生育状況や病害虫の有無を確認する場合、年間で約5,000時間もの労力が必要になると試算されていました。
しかし、ドローンとAIを活用したVMSを導入することで、これらの巡回・確認作業は自動化され、年間でわずか960時間で済むと試算されています。これは、従来の作業時間と比較して約82%もの大幅な削減に成功したことを意味します。ドローンが自動で飛行し、AIが画像を解析してくれるため、人が広大な畑を歩き回る必要がほとんどなくなります。
この劇的な時間短縮は、農業が抱える人手不足の問題に対し、具体的な解決策を示しています。浮いた時間を他の重要な作業に充てたり、農業従事者の負担を軽減したりすることで、持続可能な農業経営に大きく貢献することが期待されます。
未来を見据えた「VMS」のさらなる進化:今後の展望
NIKI Hills WineryとNAVER J.Hub Corporation、DeepVisionsは、この成功に満足することなく、2026年も引き続き実証実験を継続し、VMSの機能追加と高度化を計画しています。将来的には、このシステムを製品化し、より多くのワイナリーや農業現場での導入を目指しています。
今後のVMSには、以下のような機能が追加される予定です。
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予察機能の追加:気象観測機を設置し、気象データとドローンデータを組み合わせることで、病害の発生条件をAIが分析します。これにより、病気の発生を事前に予測し、アラートを発する機能が追加される予定です。病気が発生してから対処するのではなく、未然に防ぐ「予防的な管理」が可能になります。
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生育状況の分析:マルチスペクトルデータ(肉眼では見えない光の波長域を含むデータ)を活用し、ブドウ畑全体の生育状況や栄養状態を詳細に分析します。これにより、よりきめ細やかな栽培計画を立てることができます。
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収量予測モデルの開発:ブドウの画像をAIが解析し、区画ごとの収穫量を高い精度で予測する機能です。この予測により、収穫に必要な人員や資材を事前に確保するなど、ワイナリーの運用計画を最適化できます。
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有害動物監視システム:シカや鳥など、ブドウ畑に被害を与える可能性のある動物を自動で感知し、迅速な対策を可能にするシステムです。
これらの機能が実装されれば、VMSはさらに強力なスマート農業ソリューションとなり、日本における持続可能なワイン産業の発展に大きく貢献することでしょう。
関係者も注目!成果報告会の詳細
2025年12月6日には、NIKI Hills Wineryで実証実験の成果報告会が開催され、多くの関係者が集まりました。当日は、ドローンを用いたデモンストレーションも行われ、参加者はVMSの具体的な仕組みと効果を間近で確認しました。

報告会では、仁木町の佐藤 聖一郎町長から「就農者の高齢化、労働力不足、気候変動への対応、鳥獣被害対策といった農業を取り巻く課題を克服するための対策であり、この実証実験がこれからの地域農業を切り開いていくための非常に大きな礎になる」と、この取り組みへの大きな期待が寄せられました。
また、北海道大学教授で北海道ワイン教育研究センター長の曾根 輝雄氏からは、「病害の情報だけでなく、農作業の管理や就業管理といった側面にも通じるものであり、非常に素晴らしい。今後、病害の予察機能を期待する」とのコメントがあり、VMSの多角的な可能性が評価されました。

質疑応答から見えた課題と解決策
成果報告会では、参加者からの質疑応答も活発に行われました。その一部をご紹介します。
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Q:低い高度(6m)でドローンを飛行させる際の、事故防止システムや安全対策について知りたい。
- A: ドローンには安全システムが搭載されており、障害物センサーが付いているため、周りの木や葉の揺れを検知すると一時停止します。また、バッテリー切れなどの際には自動的に離陸場所へ戻る機能(リターンホーム)もついています。運転者もコントローラーだけでなく、実機を近くで確認しながら慎重に操作しています。
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Q:ドローンを防除(農薬散布)に利用する予定はあるか。
- A: 現時点ではドローンによる農薬散布の導入予定はありません。しかし、AIが算出した病害や欠乏症の発生率に基づき、予防としてピンポイントで葉面散布管理ができれば、改善につながると考えています。
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Q:実装についてどのように考えるか。
- A: ドローン導入コストが高いという課題があるため、2026年には予測システムに注力する予定です。安価なドローン写真と気象データを活用した予測システムが可能になれば、毎回ドローンを飛ばさなくても病害を予防できると考えています。
これらの質疑応答からは、技術の安全性確保やコスト面、そして将来的な発展性に対する具体的な検討が進められていることがわかります。
プロジェクトを支える企業たち
今回のスマート農業実証実験は、複数の企業の協力によって実現しました。それぞれの企業が持つ専門知識と技術が結集し、この革新的なプロジェクトを推進しています。
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NIKI Hills Winery
広告会社DACグループが運営する複合型ワイナリーで、仁木町の再生を目指し、高品質なワイン製造と地域貢献に力を入れています。
URL: https://nikihills.co.jp/ -
NAVER J.Hub Corporation
韓国最大のIT企業NAVER Corporationが100%出資する日本法人で、日本国内での事業投資および運営を担当しています。
URL: https://www.navercorp.com/ -
DeepVisions
「ビジョンAI技術で人類の課題を解決する」をミッションに掲げる韓国のテクノロジー企業です。映像データをAIで解析し、様々な社会課題の解決に貢献しています。
URL: https://www.deepvisions.co.kr/ -
株式会社DACホールディングス
NIKI Hills Wineryを運営するDACグループの持株会社です。多岐にわたる事業を展開し、今回のプロジェクトのような地域活性化にも貢献しています。
URL: https://www.dac-group.co.jp/
まとめ:スマート農業が描く持続可能なワイン産業の未来
NIKI Hills Wineryで行われたスマート農業の実証実験は、ドローンとAIを活用することで、広大なブドウ畑の巡回・確認業務を82%も削減できることを実証しました。これは、農業が抱える人手不足や高齢化といった根本的な課題に対し、テクノロジーが具体的な解決策を提供できることを明確に示しています。
病害虫の早期発見、精密な生育管理、作業時間の劇的な短縮、そして将来的な予察機能や収量予測モデルの開発など、VMSは持続可能で効率的な農業の未来を切り開く可能性を秘めています。この先進的な取り組みが、日本全国の農業現場に広がり、豊かな食文化と地域経済の発展に貢献していくことが期待されます。スマート農業の進化は、私たちの食卓を豊かにし、農業従事者の負担を軽減する、明るい未来を約束してくれるでしょう。

