現代のビジネス環境は、日々高度化し、複雑さを増しています。このような状況で企業が効率的に事業を成長させるためには、個々の能力だけでなく、チーム全体のパフォーマンスが極めて重要になります。チームが高い成果を出すためには、メンバー間での「共通の認識」が不可欠です。しかし、この共通の認識、つまり「Shared Mental Model(シェアード・メンタル・モデル、以下SMM)」を正確に把握し、維持することは、これまで容易ではありませんでした。
チームの共通認識「SMM」とは?なぜ重要なのか?
SMMとは、チームメンバーが「仕事の進め方」「それぞれの役割分担」「お互いの得意・不得意」といった、業務に関するさまざまな前提知識や理解をどれだけ共有しているかを示す指標です。SMMが高いチームでは、メンバーがお互いの意図を深く理解しているため、まるで「阿吽の呼吸」のようにスムーズに連携し、効率的に仕事を進めることができます。例えば、誰かが「あの件、お願いできる?」と言っただけで、相手はすぐに「ああ、あれね」と理解し、次に何をすべきか、どのような情報が必要かを察して行動できる状態です。
一方で、SMMが低いチームでは、業務に関する共通の認識が不足しているため、些細なことでもお互いの意図を確認し合う必要があり、コミュニケーションに時間がかかったり、誤解が生じやすくなったりします。結果として、業務の進行が滞り、生産性が低下してしまうのです。
従来のSMM把握の課題
これまで、SMMを把握する主な方法は、専門家による詳細なアセスメント(評価)や、メンバーへのアンケート調査でした。しかし、これらの手法にはいくつかの大きな課題がありました。
-
時間と労力: 準備、実施、そして結果の分析には、かなりの時間と手間がかかります。
-
タイムラグ: 調査から結果が出るまでに時間がかかるため、日々変化するチームの状態をリアルタイムで把握することが困難でした。
-
継続性の難しさ: 定期的に実施するには、コストやメンバーへの負担が大きく、継続的なモニタリングが難しいという問題がありました。
このような背景から、もっと手軽に、かつ継続的にSMMを把握できる技術が求められていました。
世界初の技術!チャットからSMMをリアルタイム推定・可視化
株式会社NTTドコモと国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)は、これらの課題を解決するため、世界で初めて※1、日常のビジネスチャットメッセージからAIがSMMをリアルタイムに推定し、チーム状態の変化を可視化できる技術を開発しました。
※1 2026年4月10日時点、ドコモ調べ
この画期的な技術の研究開発に関する論文は、人間とコンピュータの相互作用(Human Computer Interaction、以下HCI)分野※2の国際会議で最も権威ある「ACM CHI conference on Human Factors in Computing Systems(以下、CHI 2026)※3」に採択されました。これは、その技術的価値と先進性が世界的に認められたことを意味します。
※2 Human Computer Interaction(HCI)分野とは、人間とコンピュータの相互作用を促進する情報科学の研究分野の一つです。スマートフォンやタブレット端末など、人間とコンピュータとの情報のコミュニケーションのほとんどがHCIと関連しています。
※3 ACM CHI conference on Human Factors in Computing Systems (CHI 2026)とは、人とコンピュータの関係を研究する分野(HCI)の世界最大級かつ最難関の国際会議です。毎年開催され、IT企業や大学の研究者が、UI/UX、AIと人間の関係、デジタル社会のあり方などについて最新の研究成果を発表します。採択率は非常に低く、論文が採択されることは、その分野で高い評価を受けたことを意味します。

どのようにSMMを推定するのか?その仕組みを解説
この新しい技術の核となるのは、ドコモが独自に開発した「グラフニューラルネットワーク(以下、SMM推定エンジン)※5」です。グラフニューラルネットワーク(GNN)とは、人やモノ同士の「つながり(ネットワーク構造)」をそのまま扱って学習するAI技術で、例えばSNSの友人関係や企業内のコミュニケーションのように、「誰と誰が関係しているか」という構造を考慮しながら、影響関係や特徴を解析できます。
このSMM推定エンジンは、チームが日常業務で利用しているSlackやMicrosoft Teamsなどのチャットツールのメッセージを解析します。その解析プロセスは以下の通りです。
- メッセージのカテゴリ分類: まず、チャットメッセージを複数のAI(大規模言語モデル、LLM)によって、「情報共有」「質問」「感謝」など、11の異なるカテゴリに自動的に分類します。
- 指向性の解析: 次に、特定カテゴリのメッセージがチーム内で「誰から誰に、どのように伝達されているか」という「指向性」をSMM推定エンジンで解析します。
- SMMスコアの自動算出: これらの解析結果を組み合わせることで、チームのSMMスコアが自動的に算出されます。
従来の課題を解決する3つの大きなメリット
この技術は、従来のSMM把握方法が抱えていた課題を根本から解決し、以下のようなメリットを提供します。
- コストと負担の軽減: 従来のようにアンケート調査を行う必要がありません。これにより、調査にかかるコストや、チームメンバーの時間・労力といった負担を大幅に軽減できます。
- リアルタイムかつ継続的なモニタリング: チャットメッセージを継続的に解析するため、SMMスコアをリアルタイムで把握し、チーム状態の変化を途切れることなく追跡することが可能です。これにより、問題の兆候を早期に捉え、迅速な対応が可能になります。
- 高い秘匿性(プライバシー保護): 専門家によるアセスメントのように人が個別の発言内容を確認・評価することなく分析できるため、チームメンバーの発言内容が外部に漏れる心配がありません。これにより、プライバシーが守られ、安心してコミュニケーションをとることができます。
チームマネジメントへの具体的な活用例
この新技術は、チームのマネージャーやリーダーにとって、非常に強力なツールとなり得ます。具体的な活用例をいくつかご紹介します。
活用例1:チーム状態の早期把握と適切な対策
マネージャーやリーダーは、SMMダッシュボードを通じて自チームのSMMスコアの低下をリアルタイムで把握できるようになります。例えば、スコアが下降傾向にあることを検知した場合、それはチーム内で認識のずれが生じ始めているサインかもしれません。このような早期の兆候を捉えることで、以下のようなコミュニケーション施策を適切なタイミングで講じることができます。
-
前提知識の共有: 重要なプロジェクトの背景や専門用語について、改めてチーム全体で認識を合わせるためのミーティングを設ける。
-
目的の再確認: プロジェクトの目標やチームのミッションを再確認し、メンバー全員が同じ方向を向いているかを確認する。
-
役割分担の明確化: 各メンバーの役割や責任範囲を再確認し、不明瞭な点を解消する。
これにより、問題が深刻化する前に対応できるため、チームの生産性低下を防ぎ、より健全なチーム運営が可能になります。
活用例2:新メンバーのオンボーディング状況の可視化
新しいメンバーがチームに加わった際、その人がチームにどれだけ早く馴染み、共通認識を形成できているかを把握することは、オンボーディングの成功に不可欠です。本技術を活用すれば、新メンバー参画後のSMMスコアが時間の経過とともに上昇傾向にあるか、すなわちオンボーディングがうまく進んでいるかを可視化できます。
もしSMMスコアの上昇が緩やかであったり、停滞していたりする場合には、新メンバーへのサポートが不足している可能性を示唆します。その際、個別のフォローアップや、チーム内での情報共有の機会を増やすなど、早期に適切な支援を行うことで、新メンバーのスムーズなチームへの適応を促し、早期の戦力化につなげることができます。
実証実験で示された高い有効性
NTTドコモは、本技術の開発と有効性の検証のため、実際に自社内のビジネスチャットデータを用いた実証実験を実施しました。
実証実験の概要
- 目的: 本技術が、従来のアンケート調査に代わってチームのSMMスコアを高精度に推定できるかを検証すること。
- 対象: ドコモの研究開発部門に所属する16チーム、合計286名。
- 利用データ: 各チームのSlack上のメッセージ(合計約17,500件)と、チームメンバーに対して実施したSMMアンケート調査の結果を使用しました。SMMアンケート調査には、国際的に標準化されたSMM測定尺度(5-PSMMS)を使用し、「仕事の進め方」「役割分担」「コミュニケーション方法」「お互いの能力」「スケジュール管理」の5つの観点から、チーム内でどれだけ共通の認識が形成されているかを数値化しています。
- 評価方法: 16チームのうち1チームを評価用として残し、残りの15チームのデータをSMM推定エンジンに学習させ、評価用の1チームのSMMスコアを推定するという「leave-one-out cross-validation」と呼ばれる方法を採用しました。これを全16チームに対して順番に行い、SMM推定エンジンによる推定値とアンケートによる実測値の誤差を測定しました。誤差の大きさはRMSE(Root Mean Square Error:二乗平均平方根誤差)※2という指標で評価され、値が小さいほど推定の精度が高いことを意味します。
※2 RMSE(Root Mean Square Error:二乗平均平方根誤差)とは、推定値と実測値のずれの大きさを表す指標です。値が小さいほど推定の精度が高いことを意味します。
比較手法と評価結果
本技術の優位性を検証するため、メッセージの内容、カテゴリ、指向性の3つの情報をどのように考慮するかを変えた以下の3つのモデルと比較が行われました。
-
モデル1: メッセージの内容は考慮するが、カテゴリと指向性は考慮しないモデル。
-
モデル2: メッセージの内容とカテゴリは考慮するが、指向性は考慮しないモデル。
-
モデル3: メッセージの内容と指向性は考慮するが、カテゴリは考慮しないモデル。
各モデルにおけるSMM推定エンジンによる推定値とアンケートによる実測値の誤差(RMSE)は以下の通りです。

上図が示すように、メッセージの内容、カテゴリ、指向性の3つ全てを考慮する本SMM推定エンジンが、RMSE 13.50と最も低い誤差を達成し、全ての比較手法を上回る最高の精度を発揮することが確認されました。
実証実験から得られた重要な知見
この実証実験からは、SMM推定の精度を高めるために不可欠な要素に関する重要な知見が得られました。
- メッセージのカテゴリを考慮することの重要性: メッセージのカテゴリを考慮したモデル2(RMSE 16.58)は、カテゴリを考慮しないモデル1(RMSE 21.08)を大きく上回る精度を示しました。これは、メッセージを「情報共有」「質問」「感謝」などの種類に分類して分析することが、チームの共通認識を推定する上で非常に有効であることを裏付けています。
- メッセージの指向性だけでは効果が限定的: メッセージのカテゴリを考慮せず、指向性のみを考慮するモデル3(RMSE 21.00)は、カテゴリおよび指向性の両方を考慮しないモデル1とほぼ同じ精度にとどまりました。「誰から誰へ」という指向性の情報だけでは、SMMの推定精度は大きく向上しないことが確認されました。
- 内容、カテゴリ、指向性の組み合わせが最高の精度をもたらす: メッセージで「何が話されているか(メッセージの内容とカテゴリ)」と「誰から誰に伝わっているか(指向性)」の3つの情報を組み合わせて分析する本技術が、全ての比較モデルを上回る最高の精度を達成しました。この結果は、チームの共通認識を正確に推定するためには、これらの情報を総合的に考慮することが不可欠であることを明確に示しています。
今後の展望と国際会議での発表
NTTドコモとNAISTは、今後、ドコモ以外の企業や組織でも実証実験を行い、本手法のさらなる性能向上と技術検証を進める予定です。本技術によって、チームが効率的にパフォーマンスを発揮できる働き方を実現し、多くの企業の事業成長や生産性向上に貢献することを目指しています。
なお、本技術に関する論文は、2026年4月13日(月)から4月17日(金)にスペイン・バルセロナで開催される国際会議「CHI 2026」で発表される予定です。
【論文タイトル】
Estimating Shared Mental Models via Communication-Categorized Directed Graphs
【著者】
田中 宏昌(NTTドコモ 総務人事部 兼 クロステック開発部)
山田 渉(NTTドコモ サービスイノベーション部 担当課長)
落合 桂一(横浜市立大学 データサイエンス学部 准教授、NTTドコモ モバイルイノベーションテック部 主査)
Shaowen Peng(奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 助教)
若宮 翔子(奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 准教授)
荒牧 英治(奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 教授)
まとめ:AIが拓く、新しいチームマネジメントの未来
NTTドコモとNAISTが開発したこの世界初の技術は、AIの力を活用して、これまで把握が難しかったチームの「共通認識(SMM)」をリアルタイムで可視化することを可能にしました。ビジネスチャットの日常的なやり取りから、AIがチームの状態を深く理解し、その変化を捉えることで、マネージャーはより効果的なチーム運営を行うことができます。
この技術は、SMMの低下を早期に検知し、適切なタイミングで対策を講じることで、チームの生産性向上に直結します。また、新メンバーのオンボーディング状況を可視化することで、チームへのスムーズな適応をサポートし、組織全体の活性化にも貢献するでしょう。
アンケート調査などの手間を省き、リアルタイムで継続的なモニタリングを可能にするだけでなく、プライバシー保護にも配慮されている点は、現代の働き方において非常に重要な要素です。今後、さらなる実証実験を通じて技術が進化し、より多くの企業で導入されることで、効率的で生産性の高い、そして誰もが安心して働けるチーム環境が実現されることが期待されます。AIがチームマネジメントのあり方を大きく変革し、より良い未来の働き方を創造する一歩となるでしょう。

