現代の医療において、新しい薬の開発は人類の健康を支える上で欠かせません。しかし、創薬のプロセスは非常に複雑で、膨大な時間とコストがかかるのが現状です。年間3,000億ドルともいわれる研究開発費を削減し、成功の確率を高めることは、ライフサイエンス業界にとって長年の課題でした。
このような状況の中、AI(人工知能)の進化が創薬の未来を大きく変えようとしています。特に注目されているのが、NVIDIAが提供する「NVIDIA BioNeMo(バイオネモ)」プラットフォームです。このプラットフォームは、AIの力を活用して、これまでの創薬の常識を打ち破る可能性を秘めています。
2026年1月12日、NVIDIAはJ.P.モルガン ヘルスケア カンファレンスで、BioNeMoプラットフォームの大幅な拡張を発表しました。これにより、AIが主導する生物学や創薬の分野で、さらなる革新が期待されています。この記事では、AI初心者の方にも分かりやすいように、BioNeMoがどのように創薬を加速させるのか、そして主要なライフサイエンス企業がどのようにこの技術を取り入れているのかを詳しくご紹介します。

NVIDIA BioNeMoとは?創薬の課題をAIで解決するプラットフォーム
NVIDIA BioNeMoは、ライフサイエンス分野におけるAI駆動型の創薬を加速するためのオープン開発プラットフォームです。これまでの創薬では、研究者が手作業で実験を行い、膨大なデータを分析する必要がありました。しかし、BioNeMoは、このプロセスにAIを導入することで、研究開発の効率を飛躍的に向上させます。
具体的には、BioNeMoは次の3つの主要な役割を担います。
- データの生成と処理:ライフサイエンス業界は、遺伝子配列、タンパク質の構造、臨床試験の結果など、日々膨大な科学データを生み出しています。BioNeMoはこれらのデータを効率的に収集し、AIが理解できる形に処理する基盤を提供します。
- モデルのトレーニングと最適化:処理されたデータを使って、AIモデルを学習させます。このAIモデルは、例えば、特定の病気に効果的な分子構造を予測したり、新しい薬剤がどのように体内で作用するかをシミュレーションしたりする能力を持ちます。BioNeMoは、これらのモデルをより速く、より正確に学習させるためのツールと環境を提供します。
- モデルの展開:学習されたAIモデルを実際の創薬プロセスに組み込み、研究者が利用できるようにします。これにより、AIが新たな発見を導き出し、創薬の成功確率を最大化しながら、研究開発にかかるコストと時間を削減することを目指します。
NVIDIAのヘルスケア担当バイスプレジデントであるキンバリー・パウエル氏は、「生物学と創薬は、変革期に差し掛かっています。BioNeMoは実験データをAIのための知能に変換し、全ての実験が次の実験に活かせるようにします。これにより発見を加速させる継続的な学習サイクルが生まれ、研究者が生物学の最も困難な課題に取り組むための新たな最先端モデルを構築できるよう支援します」と述べています。
BioNeMoプラットフォームについて、さらに詳しく知りたい方は、NVIDIA BioNeMoの公式サイトをご覧ください。
BioNeMoの新たな進化:創薬研究をさらに強力にサポート
今回発表されたBioNeMoの拡張は、創薬研究の現場にさらなる革新をもたらすものです。具体的な新機能と改善点は以下の通りです。
1. 新しいNVIDIA Claraオープンモデルの公開
NVIDIA Claraは、医療・ライフサイエンス分野向けのAI開発プラットフォームであり、その一部として、BioNeMoに新しいAIモデルが追加されました。オープンモデルとして公開されることで、より多くの研究者がこれらの先進的なAIを活用できるようになります。
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RNAProモデル:RNA(リボ核酸)は、私たちの体の中で遺伝子の情報を伝えたり、タンパク質を作る際に重要な役割を果たします。RNAProモデルは、このRNAの複雑な構造をAIが予測する能力を持ちます。RNAの構造を正確に理解することは、新しい治療薬の開発において非常に重要です。
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ReaSyn v2モデル:AIが新しい薬剤の候補を設計しても、それが実際に合成可能でなければ意味がありません。ReaSyn v2モデルは、AIが設計した薬剤が化学的に合成可能であるかを保証するためのモデルです。これにより、AIが提案する薬剤候補の信頼性が向上し、無駄な実験を減らすことができます。
これらのモデルはNVIDIA Claraのオープンモデルとして提供されています。
2. BioNeMo Recipesによる効率的なモデル開発
BioNeMo Recipesは、生物学的基盤モデル(生命科学の基礎となる大規模なAIモデル)のトレーニング、カスタマイズ、展開を容易かつ高速に行うためのツール群です。AIモデルの開発には専門的な知識と多くの計算資源が必要ですが、BioNeMo Recipesを利用することで、研究者はより効率的にモデルを構築し、自身の研究課題に合わせてカスタマイズできるようになります。これにより、AIモデルの開発サイクルが短縮され、より迅速な発見が期待できます。
3. BioNeMoデータ処理ライブラリの追加
創薬研究では、分子の構造や性質に関する化学情報学データが大量に生成されます。BioNeMoデータ処理ライブラリには、GPU(グラフィックス処理ユニット)の高速計算能力を活用した分子設計向けの化学情報学ツール「nvMolKit」などが含まれています。これにより、複雑な分子データの処理と分析が劇的に加速され、研究者はより迅速に有望な薬剤候補を見つけ出すことができるようになります。
ライフサイエンスの主要リーダーがBioNeMoを採用:LillyとThermo Fisherの取り組み
NVIDIAは、BioNeMoプラットフォームが単なる技術で終わらないよう、ライフサイエンス業界の主要な機関と積極的に協力しています。これにより、BioNeMoは実験や科学ワークフローに深く統合され、AIと実際の実験が連携する「AIライフサイクル」を確立し、発見のプロセスを根本から変えようとしています。
LillyとNVIDIAが共同イノベーションAIラボを開設
世界的な製薬企業であるLilly(イーライリリー)は、NVIDIAとの画期的なコラボレーションを発表しました。両社は、創薬における最も困難な課題に取り組むことに焦点を当てた共同イノベーションラボを開設する予定です。
このコラボレーションは、NVIDIAのアクセラレーテッドコンピューティング、AI、ロボティクスに関する専門知識と、Lillyの世界的に有名な創薬と開発の専門性を融合させるものです。具体的には、NVIDIA BioNeMoプラットフォームとLillyの「エージェント型ラボ」(AIが自律的に実験計画を立て、実行するラボ)が連携し、Lillyの化学者や生物学者が画期的な創薬の可能性を追求できるよう支援します。
さらに、両社は製造から商業運用に至るまで、Lillyの事業全体にアクセラレーテッドコンピューティングと高度なAIを適用する機会も模索しています。LillyはすでにNVIDIA DGX SuperPOD™を導入し、バイオファーマ分野で最も強力なAIファクトリーを構築しており、今回の新たな取り組みは、既存の協力関係をさらに拡大するものです。両社の人材、インフラ、コンピューティングへの投資総額は、5年間で最大10億ドルに達する見込みです。
Lillyのエグゼクティブ バイス プレジデント兼最高情報およびデジタル責任者であるDiogo Rau氏は、「私たちは今回のコラボレーションを、次世代の創薬を定義する能力の実現に向けた触媒と捉えています。NVIDIAとの協力により、膨大な量のコンピューティング、専門的な人材、膨大な規模でデータを形成する能力を統合できます」と語っています。
Lillyの取り組みについて、さらに詳しくはこちらをご覧ください:Lilly News
Thermo FisherがNVIDIAと協力し、自律型ラボインフラを構築
科学機器の世界的リーダーであるThermo Fisher Scientificも、NVIDIAとの協力を発表しました。このコラボレーションは、科学研究ラボを拡張可能で自動化された「データファクトリー」に変革することを目指しています。
両社の協力の具体的な内容は以下の通りです。
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統合エッジツークラウドのAIコンピューティング:ラボの現場(エッジ)からクラウドまで、シームレスなコンピューティング環境を提供します。NVIDIA DGX Spark™デスクトップスーパーコンピューターを活用し、自律型ラボワークフローを調整し、ハイスループットな実験管理を可能にします。NVIDIA DGX Spark™については、NVIDIA DGX Sparkをご覧ください。
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ラボオーケストレーション向けのマルチエージェントシステム:NVIDIA NeMo™ソフトウェアスイートを活用し、人間の介入なしにプロトコルを生成し、実験を行い、リアルタイムで品質管理を実行できるエージェント型ワークフローを開発します。NVIDIA NeMo™の詳細については、NVIDIA NeMoをご覧ください。
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自律型データ分析:BioNeMoツールを統合し、機器から出力されるデータをリアルタイムで自律的に解釈します。これにより、生データから実践可能な科学的洞察への移行が加速され、研究者はより迅速に次のステップに進むことができます。
Thermo Fisher Scientificのエグゼクティブ バイス プレジデントであるGianluca Pettitti氏は、「人工知能と実験室の自動化を組み合わせることで、科学的研究の実施方法が一変します。Thermo Fisherのラボ技術におけるリーダーシップとNVIDIAのAIソリューションを組み合わせることで、顧客の作業スピード向上、精度向上を支援し、各実験からより多くの価値を引き出すことが可能になり、最終的には人類に大きな影響を与える発見を加速させることができるでしょう」と述べています。
NVIDIAテクノロジを活用するAI創薬エコシステム
NVIDIA BioNeMoプラットフォームは、LillyやThermo Fisherだけでなく、世界中の多くのイノベーターたちに活用され、AI創薬の未来を築いています。開発者は、BioNeMoを活用することで、産業規模でのAI駆動型アプローチを採用し、生物学の理解を深め、潜在的な薬剤を設計できるようになります。
BioNeMoを活用してモデルのトレーニングと開発を拡張しているバイオテクノロジーおよび創薬分野の企業には、以下のような例があります。
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Basecamp Research: 遺伝子医学における長年の課題である、大きなDNAセグメントを正確に挿入できるシステムを含む、薬剤設計向けの「EDENファミリー」を発表しました。
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Boltz PBC: AI駆動型分子設計向けのソフトウェアプラットフォームである「Boltz Lab」を発表しました。
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Chai Discovery: BioNeMoを活用し、バイオ分子基盤モデルの開発と展開を加速しています。
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Natera: 独自の広範なゲノムおよび臨床がんデータセットを基盤に構築された、創薬と設計を促進する独自のAI基盤モデルプラットフォームを発表しました。
この他にも、Apheris、Dyno Therapeutics、OpenFold、Terray Therapeuticsといった企業が、BioNeMoプラットフォームを活用して開発されたモデルを公開しています。
未来のデジタルラボを構築するAI科学者たち
科学的発見を加速させるためには、科学データを収集し、分析し、仮説を立て、実験を設計するための「エージェント型ワークフロー」(AIが自律的に一連の作業を行う仕組み)を構築することが不可欠です。NVIDIAのオープンモデルとNVIDIA NeMoフレームワークを活用して、ドメイン固有の科学エージェントを構築しているAI科学企業は増え続けています。
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Edison Scientific: 最近、一晩で6か月間の作業をこなせる自律発見向けAI科学者「Kosmos」を発表しました。詳細はこちら:Edison Scientific Kosmos
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Tetrascience: オープンで相互運用可能な業界向けのAIワークフローを推進するため、Thermo Fisher Scientificとの協力を発表しました。また、NVIDIA Nemotron™オープンモデルを統合して、グラフ、チャート、図形から科学的知見を抽出しています。詳細はこちら:Tetrascience Collaboration
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Owkin: 膨大な患者データを活用してトレーニングされた最先端の生物学モデル「OwkinZero」を発表しました。詳細はこちら:OwkinZero
この他にも、Benchling、CytoReason、HelixAI (Sapio Sciencesの子会社)、Potatoなどの企業が、AI科学向けにNVIDIA NeMoおよびNVIDIA NIM™マイクロサービスを活用しています。これらのデジタルエージェント型システムを物理的なラボに接続することで、コンピュータ上でのシミュレーション(インシリコ)での実験と、現実世界での検証(実世界検証)のサイクルが生まれ、発見のプロセスが加速されます。
ロボティクスとフィジカルAIで物理ラボを自動化
AIによる発見を加速させるためには、デジタルな世界だけでなく、物理的なラボでの実験も効率化する必要があります。NVIDIAは、ロボティクスおよびラボオートメーション企業のエコシステムと協力し、シミュレーションおよびフィジカルAIテクノロジーの導入を支援しています。
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Multiply Labs: NVIDIA Isaac Sim™フレームワークを活用したロボットのデジタルツインを構築し、バイオマニュファクチャリングへの展開前にロボットの検証とテストを行っています。また、NVIDIA Isaac GR00Tモデルを活用した新たな操作スキルのトレーニングも行っています。
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Lila Sciences: 科学的方法のあらゆる段階を拡張し、自動化されたラボを活用してデータを生成し、自身のAIシステムが設計した実験を検証することで、「Scientific Superintelligence」を構築しています。詳細はこちら:Lila Sciences
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HighRes Biosolutions: NVIDIA Isaac Simをシミュレーションファーストのラボオートメーション設計に活用しています。また、NVIDIA Cosmos-Reason1モデルを採用することで、ロボットがリアルタイムで相互作用し実験を調整できるようにしています。
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Opentrons Labworks: NVIDIA Isaac Simを活用し、ロボットが制約のある環境を超えて動作できるようにしています。これにより、デジタルエージェントを物理的なラボ操作に結びつけるAI駆動型ワークフローをサポートしています。
この他にも、Amgen、Automata、Rocheなどの企業が、NVIDIA Omniverse™ライブラリとIsaac Simを活用したデジタルツインを構築し、ラボや製造施設にフィジカルAIを導入しています。
まとめ:AIが拓く創薬の新たな地平
NVIDIA BioNeMoプラットフォームの拡張と、Lilly、Thermo Fisherをはじめとする多くのライフサイエンスリーダーによる採用は、AI駆動の創薬が現実のものとなりつつあることを明確に示しています。
BioNeMoは、RNA構造予測や薬剤合成可能性の保証、効率的なモデル開発、高速なデータ処理といった機能を通じて、研究者がより迅速かつ正確に新しい薬剤を発見できるよう支援します。また、AIとロボティクスを組み合わせることで、実験室の自動化も進み、研究者はより創造的な作業に集中できるようになるでしょう。
AIが創薬のプロセス全体に深く統合されることで、これまで不可能だったような画期的な治療法の開発が加速されることが期待されます。これにより、より多くの人々が恩恵を受け、健康な生活を送れるようになる未来は、きっとすぐそこまで来ているでしょう。
NVIDIA BioNeMoプラットフォームがどのようにAI駆動型の生物学および創薬を支援するかについて詳しくは、こちらをご覧ください。
NVIDIAに関するより詳しい情報はNVIDIA公式サイトで確認できます。

