現代社会において、AI技術は私たちの生活に深く浸透し、その進化は目覚ましいものがあります。しかし、その一方で、AIが生成するコンテンツの「信頼性」や「安全性」に関する課題も浮上しています。特に、2025年12月に発生した生成AI「Grok」による有害画像生成問題は、AIのガバナンス(統治)における根本的な構造問題を浮き彫りにしました。
この問題を受け、国際標準化団体であるVeritasChain Standards Organization(VSO)は、AIが有害なコンテンツの生成を「拒否した」ことを暗号学的に証明する世界初の技術仕様「Safe Refusal Provenance(SRP)」を含む「CAP(Content / Creative AI Profile)」バージョン0.2を正式に公開しました。この技術は、AIシステムが「何を生成しなかったか」を客観的に検証する手段を提供し、AIの信頼性確保に新たな一歩を踏み出すものです。

AIの信頼性を揺るがすGrok事件とその背景
2025年12月、Elon Musk氏が率いるxAI社の生成AI「Grok」にイメージ編集機能が追加されて以降、その安全装置(セーフガード)が回避され、大規模な有害画像生成問題が発生しました。特に問題視されたのは、Grokの「Spicy Mode」という成人向けコンテンツ生成機能と組み合わせることで、実在する人物の写真から同意のない性的画像(NCII:Non-Consensual Intimate Images)が生成可能になってしまった点です。
英国のInternet Watch Foundation(IWF)は、11歳から13歳の児童の性的画像がダークウェブフォーラムで発見されたことを報告し、Musk氏の子どもの母親であるAshley St. Clair氏も、自身の14歳時の写真に基づく露骨な画像が多数生成されたと公表しました。この事態は国際社会に大きな衝撃を与え、各国政府・規制当局は迅速な対応を開始しました。
各国政府・規制当局の迅速な対応
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インドネシア(1月10日): Grokへのアクセスを一時遮断した最初の国となりました。政府通信マルチメディア相は「同意なしに作成される性的ディープフェイクは、デジタル空間における人権の深刻な侵害である」と強調しています。
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マレーシア(1月10日): 同様にアクセス制限を発表し、X Corp.およびxAIが規制関与と正式な通知にもかかわらず対応に失敗したと声明を出しました。
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英国Ofcom(1月12日): Xに対する正式調査を開始し、児童を含む個人の「性的描写」生成に関する「深く憂慮すべき報告」を受け、プラットフォームの世界的収益の10%または1,800万ポンド(約34億円)のいずれか大きい方の罰金を科す権限を行使する可能性を示唆しました。
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その他: フランス、EU当局、オーストラリア(ASIC)、インド、ブラジルなど複数の国・地域が調査を開始しています。
xAI社は1月3日、違法コンテンツを作成するユーザーへの警告声明を発表し、イメージ生成機能を有料購読者のみに制限しました。しかし、英国科学技術相Liz Kendall氏は、この措置を「侮辱的」と批判し、「違法な画像を作成できるAI機能を単なるプレミアム提供に変えるだけである」と指摘しました。
従来のAIガバナンスの構造的問題:「セーフガードが機能した」を検証できない
このGrok事件は、現代のAIガバナンスにおける根本的な構造的問題を浮き彫りにしました。それは、AIプロバイダーが「セーフガードは正常に機能していた」と主張しても、それを第三者が客観的に検証する手段が存在しないという問題です。たとえば、xAI社が「何百万件もの有害リクエストをブロックした」と主張しても、その主張を裏付ける暗号学的証拠は存在しません。
従来のAIシステムでは、「何を生成したか」という結果は記録できても、「何を生成しなかったか」という「拒否の事実」を証明する仕組みがありませんでした。内部ログは存在しますが、これらは改ざんが可能であり、暗号学的な整合性の保証もないため、外部の監査人や規制当局が独立して検証することは不可能でした。有害なコンテンツの生成を拒否したというイベントは、一時的にメモリ上に存在するだけで、永続的な証拠として残ることはなかったのです。
世界初!「AIが生成を拒否した」ことを証明する「CAP-SRP」とは?
VSOが公開した「CAP v0.2」に含まれる「Safe Refusal Provenance(SRP)」拡張は、この「負の証明」(生成されなかったことを証明する)問題を解決するために設計された、世界初のオープン技術仕様です。この技術は、AIの意思決定プロセスに透明性をもたらし、その説明責任を強化することを目的としています。
CAP-SRPの画期的な技術的特徴
CAP-SRPには、AIの信頼性を根本から変えるための主要な技術的特徴が組み込まれています。
1. 生成試行と拒否の暗号学的記録
AIへのすべての生成リクエスト(GEN_ATTEMPT)と、その結果(生成成功:GEN、または生成拒否:GEN_DENY)が、Ed25519デジタル署名とSHA-256ハッシュチェーンによって、改ざん不可能な形で記録されます。これにより、AIがどのようなリクエストを受け、どのような判断を下したかの「監査証跡」が確実に残るようになります。
2. プライバシー保護型検証
有害なプロンプトそのものを開示することなく、そのハッシュ値(PromptHash)を用いて「特定のリクエストが拒否された」ことを数学的に証明できます。これにより、監査人や法執行機関は、元の有害コンテンツを見ることなく、AIプロバイダーの対応が適切であったかを検証することが可能になります。ユーザーのプライバシー保護とAIシステムの透明性の両立を実現する画期的な仕組みです。
3. 完全性不変条件(Completeness Invariant)
CAP-SRPは、以下の数学的保証を提供します。
∑ GEN_ATTEMPT = ∑ GEN + ∑ GEN_DENY + ∑ ERROR
これは、「すべての生成試行に対して、必ず1つの結果イベントが存在しなければならない」ということを意味します。この不変条件により、「都合の悪い結果だけを記録しない」という選択的ログ(Selective Logging)攻撃を技術的に排除し、ログの完全性を保証します。
4. SCITT透明性サービス統合
IETF(インターネット技術タスクフォース)で標準化が進むSCITT(Supply Chain Integrity, Transparency, and Trust)アーキテクチャと統合することで、Merkle Tree証明による第三者検証を可能にします。これにより、AIプロバイダーだけでなく、独立した第三者機関もログの完全性と正確性を検証できるようになります。
「世界初」を裏付ける独立調査の結果
VSOは、CAP-SRPの「世界初」という主張を裏付けるため、異なる手法とAIリサーチプラットフォームを用いた5つの独立した調査を実施しました。170以上の学術論文、技術標準、業界実装、規制文書を精査した結果、以下の結論が得られました。
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Safe Refusal Provenance(SRP): 完全に世界初(5調査すべてが支持)
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完全性不変条件: 世界初(AI拒否への適用において、5調査すべてが支持)
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統合ライフサイクル監査: 世界初(統合フレームワークとして、5調査すべてが支持)
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Evidence Pack形式: 世界初(AI監査特化として、5調査すべてが支持)
より詳細な検証レポートは、以下のリンクから確認できます。
世界初検証レポート
既存技術との比較
CAP-SRPは、既存の技術とは異なる独自の価値を提供します。
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C2PA(Content Credentials): コンテンツの真正性(「これは本物か?」)を証明しますが、拒否の証明機能は持ちません。
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IETF SCITT: 汎用的な透明性ログを提供しますが、AI拒否イベントの定義や完全性不変条件は含まれません。
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Guardtime KSI: ログの整合性を保証しますが、AI監査スキーマやEvidence Pack形式は提供しません。
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主要AIプロバイダー各社: 内部ログは存在するものの、公開仕様、暗号学的検証、完全性保証のいずれも欠如しています。
厳格化する世界のAI規制に対応するCAP-SRP
CAP-SRPは、現在策定中または施行予定の主要なAI規制に対応するよう設計されており、AIプロバイダーがこれらの規制に準拠するための強力なツールとなります。
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EU AI Act 第12条(記録保持): 高リスクAIシステムに対して、全ライフサイクルにわたるイベントの自動記録を義務付けています。CAP-SRPのイベントモデルとEvidence Pack形式は、この要件を「追加開発なしに」満たします。2026年8月の全面適用に向けた準備として、早期の導入が推奨されます。
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EU DSA 第35条(独立監査): 超大規模オンラインプラットフォーム(VLOP)に対して年次独立監査を義務付けています。CAP-SRPのEvidence Packは、監査人が暗号学的にログの完全性を検証できる構造化されたアーティファクトを提供します。
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米国 TAKE IT DOWN Act: 同意のない性的画像(NCII)の48時間以内削除義務を定めています。CAP-SRPは、削除依頼への対応を証明するための「非生成証拠」として機能します。
「信頼してください」から「検証してください」へ:AIガバナンスの新たな時代
VSOファウンダー兼テクニカルディレクターの上村十勝氏は、次のように述べています。「『私たちを信頼してください』の時代は終わりました。今回のGrok事件は、AIプロバイダーの善意に依存する『信頼ベース』のガバナンスモデルが限界に達したことを如実に示しています。有料化や利用規約の強化だけでは、根本的な問題は解決しません。」
さらに上村氏は、「CAP-SRPは、『検証してください』と言えるAIシステムへの転換を可能にします。xAI社が『何百万件もの有害リクエストをブロックした』と主張するなら、その主張を暗号学的に証明できるべきです。CAP-SRPを導入していれば、監査人は独立してその主張を検証できます。これは不信ではなく、検証を通じた正当な信頼の基盤を構築することです。」と、その意義を強調しています。
C2PAとの補完関係:コンテンツの「パスポート」とAIシステムの「フライトレコーダー」
CAP-SRPは、既存のコンテンツ認証標準であるC2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)を置き換えるものではなく、互いに補完し合う関係にあります。
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C2PA: 「このコンテンツは本物か?」を証明する(資産の認証)
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CAP-SRP: 「AIはなぜこの判断をしたか?」を証明する(システムの説明責任)
両者を組み合わせることで、生成されたコンテンツにはC2PA Content Credentialsを付与し、AIシステムの意思決定プロセスにはCAP監査証跡を提供する、包括的な透明性エコシステムが実現します。上村氏の言葉を借りれば、「C2PAがコンテンツの『パスポート』であるならば、CAPはAIシステムの『フライトレコーダー』です。」
今後の展開とVSOについて
VeritasChain Standards Organization(VSO)は、CAP仕様の国際標準化に向けて、以下の取り組みを進めています。
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IETF標準化: draft-kamimura-scitt-refusal-events としてSCITTワーキンググループに提出済みです。
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規制当局エンゲージメント: EU、英国、シンガポール、豪州を含む50以上の管轄区域の規制当局と協議中です。
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業界採用: クリエイティブ産業、メディア企業、AIプロバイダーとの早期採用プログラムを準備中です。
VSOは、「アルゴリズム時代の信頼をコード化する(Encoding Trust in the Algorithmic Age)」をミッションに掲げる独立した国際標準化団体です。東京を本部とし、アルゴリズム取引向けの監査証跡標準「VeritasChain Protocol(VCP)」およびAIコンテンツ生成向けの「CAP」を開発しています。VSOは、標準策定の中立性を保つため、特定のベンダーや製品を推奨せず、技術的な準拠認証のみを提供しています。
公開リソース
本日より、以下のリソースが利用可能です。
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CAP v0.2仕様書/SRP拡張仕様/JSON Schema/テストベクター:
https://github.com/veritaschain/cap-spec -
世界初検証レポート:
https://github.com/veritaschain/cap-spec/blob/main/docs/CAP_WorldFirst_Final_Consolidated_Report.md -
論文「非生成の証明: AI コンテンツ モデレーション ログの暗号完全性の保証 — Grok インシデントからインスピレーションを得たケーススタディとプロトコル設計」:
https://doi.org/10.5281/zenodo.18213616 -
VeritasChain Standards Organization 公式サイト:
https://veritaschain.org/ -
VeritasChain GitHub:
https://github.com/veritaschain
すべての仕様書およびコードは、CC BY 4.0ライセンスの下でオープンに公開されており、商用・非商用を問わず自由に利用できます。
まとめ
Grok事件のようなAIの安全性に関する問題は、AI技術の発展と普及において避けて通れない課題です。VeritasChain Standards Organization(VSO)が公開したCAP-SRPは、AIが「生成を拒否した」ことを暗号学的に証明するという、これまでにないアプローチでこの課題に挑みます。これにより、AIプロバイダーは自社のAIシステムの安全対策を客観的に証明できるようになり、ユーザーや社会はAIに対する信頼をより強固なものにできるでしょう。
「信頼してください」から「検証してください」への転換は、AIガバナンスにおけるパラダイムシフトを意味します。CAP-SRPが国際標準として広く採用されれば、AIの倫理的で責任ある利用がさらに促進され、より安全で透明性の高いAI社会の実現に大きく貢献することが期待されます。
